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「太平記」越後守仲時以下自害の事(その1)

さるほどに、りやう六波羅京都の合戦に打ち負けて、関東くわんとうへ被落由披露ありければ、安宅あたか・篠原・日夏ひなつ老曽おいそ愛智川えちかは小野をの四十九院しじふくゐん摺針すりはり番場ばんば醒井さめがゐ
柏原かしはばら、その外伊吹山の麓、鈴鹿河すずかがはの辺の山立ち・強盜がうだう・溢れ者ども二三千人、一夜のほどに馳せ集まつて、先帝第五の宮御遁世のていにて、伊吹の麓に忍んで御坐ありけるを、大将に取り奉つて、錦の御旗を差し上げ、東山道とうせんだう第一の難所なんじよ番馬ばんばの宿の東なる、小山の峯に取り上り、岸の下なる細道を中に挟みて待ち懸けたり。




やがて、両六波羅(北方は北条仲時なかとき、南方は北条時益ときます)は京都の合戦に打ち負けて、関東へ落ちると世に聞こえたので、安宅・篠原・日夏(現滋賀県彦根市日夏町)・老曽(老蘇森。現滋賀県近江八幡市の奥石おいそ神社の森)・愛智川(現滋賀県東部、湖東を流れる淀川水系の一級河川)・小野(現滋賀県栗東市)・四十九院(現滋賀県犬上郡豊郷町四十九院)・摺針(摺針峠。現滋賀県彦根市)・番場(現滋賀県米原市番場)・醒井(現滋賀県米原市醒井)・柏原(現滋賀県米原市柏原)、その外伊吹山(滋賀・岐阜県境にある山)の麓、鈴鹿川(現三重・滋賀県境にある鈴鹿山脈の麓から伊勢湾に注ぐ川)の辺の山立ち([山賊])・強盜・溢れ者([ならず者])ども二三千人が、一夜のほどに馳せ集まって、先帝第五の宮(第九十代亀山天皇の第五皇子、守良もりよし親王)は遁世の体で、伊吹山の麓に忍んでおられるのを、大将になして、錦の御旗を差し上げ、東山道第一の難所、番馬宿の東にある、小山の峯に取り上り、岸の下の細道を中に挟んで待ち懸けました。


続く


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by santalab | 2015-12-04 15:57 | 太平記 | Comments(0)

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