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「太平記」越後守仲時以下自害の事(その2)

夜明けければ越後ゑちごかみ仲時なかとき、篠原の宿を立つて、仙蹕せんひつ重山ちようざんの深きにうながし奉る。都を出でし昨日きのふまでは、供奉ぐぶの兵二千騎に余りしかども、次第に落ち散りけるにや、今はわづかに七百騎にも足らざりけり。「もし跡より追つ懸け奉る事もあらば、防ぎ矢仕れ」とて、佐々木判官時信ときのぶをば後陣ごぢんに打たせられ、「賊徒道を塞ぐ事あらば、打ち散らして道を開けよ」とて、糟谷かすや三郎に先陣を被打せ、鸞輿らんよ迹に連なつて、番馬の峠を越えんとするところに、数千すせんの敵道を中に挟み、楯を一面に並べて、矢前やさきを揃へて待ち懸けたり。




夜が明けると越後守仲時(北条仲時。鎌倉幕府最後の六波羅探題北方)は、篠原宿(現滋賀県近江八幡市)を立って、仙蹕([行幸の行列])を重山深くに向けました。都を出た昨日までは、供奉の兵は二千騎に余るほどでしたが、次第に落ち散ったか、今はわずかに七百騎にも足りないほどでした。「もし後より追い駆けてくることがあれば、防ぎ矢を射よ」と申して、佐々木判官時信(佐々木時信=六角時信)を後陣に付け、「賊徒が道を塞ぐことあれば、打ち散らして道を開けよ」と申して、糟谷三郎(糟屋宗秋むねあき)に先陣に立てて、鸞輿([天子の乗る輿])を後にして、番馬(現滋賀県米原市番場)の峠を越えようとしましたが、数千の敵が道を中に挟み、楯を一面に並べて、矢先を並べて待ち懸けていました。


続く


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by santalab | 2015-12-05 08:55 | 太平記 | Comments(0)

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