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「太平記」越後守仲時以下自害の事(その3)

糟谷かすや遥かにこれを見て、「思ふに当国・他国の悪党あくたうどもが、落人おちうどの物の具剥がんとてぞ集まりたるらん。手痛く当てて捨つるほどならば、命をまでし戦ふほどの事はよもあらじ。ただ一懸けに駆け散らして捨てよ」と云ふままに、三十六騎のつはものども馬の鼻を並べてぞ掛けたりける。一陣を固めたる野伏のぶし五百余人、遥かの峯へまくり揚げられて、二陣の勢に逃げくははる。糟谷は一陣のいくさには打ち勝つつ、今はよも手にさはる者あらじと、心安く思ひて、朝霧の晴れ行くままに、可越すゑ山路やまぢを遥かに見渡したれば、錦の旗一流れ、峯の嵐に翻へして、兵五六千人がほど要害えうがいを前に当てて待ち掛けたり。糟谷二陣の敵大勢を見て、退屈してぞ控へたる。重ねて懸け破らんとすれば、人馬ともに疲れて、敵嶮岨けんそに支へたり。相近付あひちかづいて矢軍やいくさをせんとすれば、矢種やだね皆射尽くして、敵若干そくばくの大勢なり。とにもかうにも可叶とも思へざりければ、麓に辻堂のありけるに、皆下りて、後陣の勢をぞ相待あひまちける。




糟谷(糟屋宗秋むねあき)は遥かにこれを見て、「おそらく当国・他国の悪党どもが、落人の物の具([武具])を奪い取ろうと集まっておるのであろう。手痛く当たれば、よもや命を惜しまず戦うことはあるまい。ただ一駆け駆けて蹴散らしてしまえ」と言うままに、三十六騎の兵どもが馬の鼻を並べて駆け出しました。一陣を固めていた野伏([農民の武装集団])五百余人は、遥かの峯まで追われて、二陣の勢に逃げ加わりました。糟谷(宗秋)は一陣の軍に打ち勝ち、今はもう行く手を阻む者はいないと、安心して、朝霧の晴れ行くままに、越すべき先の山路を遥かに見渡せば、錦の旗が一流れ、峯の嵐に翻り、兵五六千人ほどが要害([険しい地形])を前に待ち構えていました。糟谷(宗秋)は二陣の敵の大勢を見て、思わず引き退きました。重ねて駆け破ろうにも、人馬ともに疲れて、敵は嶮岨に構えておる。近付いて矢軍しようにも、矢種を皆射尽せど、敵を若干討ち取るばかりの大勢ぞ。何をなそうとも敵うとも思えず、麓に辻堂があったので、皆馬から下りて、後陣の勢を待ちました。


続く


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by santalab | 2015-12-05 10:57 | 太平記 | Comments(0)

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