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「太平記」越後守仲時以下自害の事(その6)

その時軍勢どもに向かつてのたまひけるは、「武運やうやく傾いて、当家たうけ滅亡めつばう近きに可在と見給ひながら、弓矢の名を重んじ、日来のよしみを不忘して、これまで付き纏ひ給へる心ざし、中々まうすにことばは可無る。その報謝はうしやの思おもひ雖深と、一家の運すでに尽きぬれば、何を以つてかこれを可報。今は我方々の為に自害をして、生前しやうぜん芳恩はうおんを死後に報ぜんと存ずるなり。仲時なかとき雖不肖なり。平氏一類へいじいちるゐの名を上ぐる身なれば、敵ども定めて我が首を以つて、千戸侯せんここうにもつのりぬらん。早く仲時が首を取つて源氏の手に渡し、咎を補うて忠に備へ給へ」と、云ひ果てざる言葉の下に、鐙脱いで押膚脱ぎ、腹掻き切つて伏し給ふ。糟谷かすやの三郎宗秋むねあきこれを見て、なみだの鎧の袖に懸かりけるを抑へて、「宗秋こそ先づ自害して、冥途の御先をも仕らんと存じさふらひつるに、先立たせ給ひぬる事こそ口惜くちをしけれ。今生こんじやうにては命をきはの御先途を見果てまゐらせつ。冥途なればとて見放し可奉にあらず。しばらく御待ち候へ。死出の山の御伴まうし候はん」とて、越後ゑちごかみの、柄口つかぐちまで腹に突き立てて被置たる刀を取つて、己が腹に突き立て、仲時なかときの膝に抱き付き、うつ伏しにこそ伏したりけれ。




その時軍勢どもに向かって申すには、「武運ようやく傾いて、当家の滅亡は近いと見ながら、弓矢の名を重んじ、日来の好みを忘れずして、ここまで付き従った心ざし、申す言葉もない。その報謝の思いは深いが、一家の運すでに尽きて、報いることはできまい。今となっては方々のために自害をして、生前の芳恩をを死後に報いようと思うばかりぞ。この仲時こそ不肖の者よ。しかし平氏一類の名を上げた身である、敵どもはきっと我が首をもって、千戸侯([千戸ある土地を領する諸侯])にも名乗りでよう。早くこの仲時の首を取って源氏の手に渡し、咎を補い忠とせよ」と、いい果てないうちに、鐙を脱いで押膚脱ぎ、腹を掻き切つて臥しました。糟谷三郎宗秋(糟谷宗秋)はこれを見て、涙が鎧の袖にかかっているのを抑えて、「この宗秋こそまず自害して、冥途の先を仕ろうと思っておりましたのに、先立たれることこそ残念でなりませぬ。今生にては今際の先途を見届けました。冥途なればと見放すことはございません。しばらくお待ちくだされ。死出の山のお伴をいたします」と申して、越後守(北条仲時なかとき。鎌倉幕府最後の六波羅探題北方)が、柄口まで腹に突き立てた刀を取って、己の腹に突き立て、仲時の膝に抱き付き、うつ伏しに臥しました。


続く


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by santalab | 2015-12-07 08:47 | 太平記 | Comments(0)

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