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「太平記 」千葉屋城寄手敗北の事(その2)

始め御方の勢を帰さじとて、寄せ手の方より警固を据ゑ、谷合ひの関・逆茂木も引き退けて通る人なければ、被関落ては馬に離れ、倒れては人に被蹈殺。二三里が間の山路やまぢを、数万の敵に被追立て一軍ひといくさもせで引きしかば、今朝まで十万じふまん余騎と見へつる寄せ手の勢、残り少なに被討成、わづかに生きたる軍勢も、馬物の具を捨てぬは無かりけり。されば今に至るまで、金剛山こんがうせんの麓、東条谷とうでうだにの路の辺には、矢の穴の刀の疵ある白骨、をさむる人もなければ、苔に纏まとはれては塁々るゐるゐたり。されども宗との大将たちは、一人も道にては不被討して生きたる甲斐はなけれども、その日の夜半ばかりに、南都にこそ被落着けれ。




最初は味方の勢を帰すまいと、寄せ手は警固の者を置いていましたが、谷間の関・坂茂木を引き退けて通る者もいませんでしたので、関から落ちて馬から離れ、倒れては人に踏み殺される者が大勢いました。二三里の山路を、数万の敵に追い立てられて一戦もせずに引き退けば、今朝まで十万騎余りと見えた寄せ手の勢は、残り少なく討たれて、わずかに生き残った軍勢さえも、馬物の具([武具])を捨てて逃げない者はいませんでした。今まで、金剛山の麓、東条谷の路の辺には、矢がささり刀疵のある白骨が、供養する者もいませんでしたので、苔に纏われて埋め尽くしていました。けれども主だった大将たちは、一人も道で討たれず生きた甲斐もありませんでしたが、その日の夜半ほどに、南都(奈良)に落ち着きました。


続く


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by santalab | 2015-12-11 09:38 | 太平記 | Comments(0)

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