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「太平記」谷堂炎上事(その3)

また浄住寺とまうすは、戒法かいほふ流布の地、律宗作業さごふみぎりなり。釈尊御入滅にふめつの刻み、金棺きんくわん未だ閉ぢざる時、捷疾鬼せふしつきと云ふ鬼神、潛かに双林さうりんもとに近付いて、御牙を一つ引つ掻いてこれを取る。四衆ししゆの仏弟子驚き見て、これを留めんとし給ひけるに、片時へんしが間に四万由旬しまんゆじゆんを飛び越えて、須弥しゆみの半ば四天王してんわうへ逃げ上る。韋駄天ゐだてん追ひ詰め奪ひ取り、これを得てその後漢土の道宣律師だうせんりつしに被与。自尓この方相承さうじやうして我がてうに渡りしを、嵯峨の天皇てんわうの御宇に始めてこの寺に被奉安置。おほいなるかな大聖世尊だいしやうせそん滅後二千三百余年の已後いご、仏肉なほ留まつて広く天下に流布する事あまねし。かかる異瑞奇特いずゐきどくの大加藍を無咎して被滅けるは、偏へに武運の可尽前表ぜんべうかなと、人皆唇をひるがへしけるが、果たして幾程も非ざるに、六波羅皆番馬にて亡び、一類いちるゐ悉く鎌倉にて失せける事こそ不思議なれ。「積悪の家には必ず有余殃よあう」とは、加様かやうの事をぞ可申と、思はぬ人もなかりけり。




また浄住寺(現京都市西京区にある寺院)と申すのは、戒法流布の地、律宗の業をなす地でした。釈尊が入滅の時、金棺を閉じる前に、捷疾鬼([夜叉])という鬼神が、潛かに双林(沙羅双樹)の下に近付いて、歯を一本引き抜いて盗みました。四衆([比丘=男の出家者、比丘尼=女の出家者、優婆塞=男の在家信者、優婆夷 =女の在家信者])の仏弟子は驚いて、これを止めようとしましたが、一瞬のうちに四万由旬(一由旬は十数km)を飛び越えて、須弥山([仏教の宇宙観において、世界の中央にそびえるという山。高さは八万由旬])の半ば四天王([六欲天の第一天])に逃げ上りました。韋駄天が捷疾鬼を追い詰めて歯を奪い取り、これをその後漢土の道宣律師(中国唐代の律宗の僧侶で、南山律宗の開祖)に与えました。これを相承([師から弟子へ代々、仏の悟りの本体を伝え受継ぐこと])して我が朝に渡りましたが、嵯峨天皇(第五十二代天皇)の御宇にこの寺に安置しました。偉大なる大聖世尊(釈迦)の滅後二千三百余年の間、仏肉はなおも世に留まって仏教は広く天下に余すところなく流布しているのです。この異瑞奇特の大加藍を咎なく滅することは、ただ武運が尽きる前表([前兆])ではないかと、人は皆陰口を言い合いましたが([唇を翻す]=[憎んで悪口を言う])、果たしていくほどもなく、六波羅は皆番馬(現滋賀県米原市)で亡び、一類([一族])が鎌倉で一人残らず失せたのは不思議なことでした「積悪の家には必ず余殃([先祖の行った悪事の報いが、災いとなってその 子孫に残ること])あり」とは、このようなことを申すのだと、思わぬ人はいませんでした。


続く


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by santalab | 2015-12-12 14:14 | 太平記 | Comments(0)

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