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「太平記」彗星客星事付湖水乾事(その1)

康安かうあん二年二月に、都には彗星・客星同時に出でたりとて、天文の博士ども内裏へ召されて吉凶を占ひまうしけり。「客星は用明天皇の御宇に、守屋もりや仏法を亡ぼさんとせし時、始めて見へたりけるより、今に至るまで十四箇度、その内二度は祥瑞しやうずゐにて、十二度は大凶たいきやうなり。彗星は皇極天皇の御宇に、豊浦とよらの大臣の子、蘇我の入鹿いるかが乱を起こして、中大兄皇子なかのおほえのわうじ並びに中臣の鎌子かまこと合戦をしたりし時、始めてこの星出たりしより、今に至るまで八十六箇度、一度もいまだ災難ならずと言ふ事なし。最も天下の御つつしみにて候ふべし」と、博士一同にかんがへ申しければ、諸臣皆色を失ひて、「さればよ、この乱世の上には、げにも世界国土が金輪際の底へ落ち入るか、さらずは異国の蒙古もうこ寄せ来て、日本国を打ち取るかにてこそあらめ。さる事あるまじき世とも思えず」と、面々に申し合はれけり。




康安二年(1362)二月に、都では彗星・客星([いつもは見えず、一時的に見える星])が同時に現れたと、天文博士どもが内裏に呼ばれて吉凶を占わせました。「客星は用明天皇(第三十一代天皇)の御宇に、守屋(物部守屋)が仏法を滅ぼそうとした時、初めて現れてより、今に至るまで十四度、その内二度は祥瑞([めでたいしるし])で、十二度は大凶でございました。彗星は皇極天皇(第三十五代天皇)の御宇に、豊浦大臣(蘇我蝦夷えみし)の子、蘇我入鹿が乱を起こして、中臣大兄皇子(第三十八代天智天皇)並びに中臣鎌子(藤原鎌足)と合戦をした時に、初めて星が現れてより、今に至るまで八十六度、一度もいまだ災難が起こらなかったことはございません。一番の天下の慎みでございます」と、博士が一同に申したので、諸臣は皆色を失い、「ならば、この乱世の時に起きたことを鑑みれば、まこと世界国土が金輪際([大地の最下底])の底へ落ち入るか、もしくは異国の蒙古([漢民族])が攻め来て、日本国を打ち取るということであろうか。そんな事が起こるとは滅相もないこと思ったこと」と、面々に申しました。


続く


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by santalab | 2015-12-12 21:24 | 太平記 | Comments(0)

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