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「太平記」彗星客星事付湖水乾事(その2)

まことに天地人の三災さんさい同時に出で来たりぬと思えて、去年の七月より日々に二三度の地震もいまだ止まず、また今年の六月より同じき十一月の始めまで旱魃かんばつして、五穀も登らず、草木も枯れ萎みしかば、鳥はねぐらを失ひ、魚は泥に息付くのみならず、人民どもの飢ゑ死ぬる事、所々に数を知らず。この時近江のみづうみも三丈六尺たりけるに、様々の不思議あり。白髭の明神の前にて、おき二人ににんして抱くばかりなるひのきの柱を、あはひぢやう八尺づつ立て並べて、二ちやう余りに渡せる橋見へたり。「古人の語り伝へたる事もなし、古き記録にも載らず。これはいかさま竜宮城の道にてぞあるらん」と言ひ沙汰して、見る人日々に群集くんじゆせり。また竹生島ちくぶしまより箕浦みのうらまで水の上三里、入譱瑙なる切り石を広さ二丈ばかりに平らに畳み連ねて、二河白道じがはくだうもかくやと思えたる道一とほあらはれ出でたり。これもいかさま竜神の通ひ路にてぞあるらんとて、踏んでは渡る人なし。ただあたりの浦に船を浮けて見る人市の如くなり。この湖七度まで桑原くははらに変ぜしを我見たりと、白髭明神みやうじん大宮おほみや権現に向かつて仰されけると言ふ古の物語あれば、さやうの桑原にやならんずらんと見る人怪しみ思へり。天地の変はすでにかくの如く、人事の変またさこそあらんずらめと思ふところに、国々より早馬を打つて、宮方蜂起ほうきしたりと、告ぐる事かつて止む時なし。




まこと天地人の三災が同時に出で来たと思えて、去年の七月より日毎に二三度の地震がいまだ止まず、また今年の六月より同じ十一月の始めまで旱魃が起こり、五穀も育たず、草木も枯れ萎み、鳥はねぐらを失い、魚は泥で息付くのみならず、人民どもが飢ゑ死ぬこと、所々に数知れませんでした。この時近江の湖(琵琶湖)も三丈六尺(約10.8m)干上がり、様々の不思議がありました。白髭明神(現滋賀県高島市にある白髭神社)の前から、沖に二人がかりで抱くほどの檜の柱を、間一丈八尺ずつ立て並べて、二町余り(約200m)渡した橋が現れました。「古人が語り伝えたものもなし、古い記録にも載っておらぬ。これはきっと竜宮城への道ではないか」と噂して、見る人は日毎に膨れ上がりました。また竹生島(琵琶湖に浮かぶ島)箕浦(現滋賀県米原市)まで水の上三里、入譱瑙(入瑪瑙?マーブル模様か)の切り石を広さ二丈ばかりに平らに畳み連ねて、二河白道([現世から極楽へ続く道])もこのようであろうと思われる道が一本現れました。これもきっと竜神の通い路であろうと、歩いて渡る人はいませんでした。ただあたりの浦に船を浮かべて見る人が市のように連なりました。この湖が七度桑原となったのを見たと、白髭明神が、大宮権現(現滋賀県大津市にある日吉大社の祭神、山王権現)に向かって仰されたという大昔の物語がありますので、同じように桑原になるのではないかと人は不安に思いました。天地の変はすでにこのようでしたので、人災がまた起こるであろうと思うところに、国々より早馬を打って、宮方(南朝)の軍が蜂起したと、ひっきりになしに告げました。


続く


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by santalab | 2015-12-12 21:30 | 太平記 | Comments(0)

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