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「太平記」大森彦七事(その6)

盛長もりながこれにもかつて不臆、刀のつかを砕けよとにぎつてまうしけるは、「さては先度美女に化けて、我をたぶらかさんとせしも、御辺たちの所行しよぎやうなりけるや。御辺存日の時より、常に申しとほせし事なれば、如何なる重宝ちようはうなりとも、御用とうけたまはらんに非可奉惜。ただしこの刀をくれよ、将軍の世を亡さんと承りつる、それこそえまゐらすまじけれ。身雖不肖、盛長将軍の御方に参じ、無二者と知られ進らせし間、恩賞厚くかうむつて、一家いつけの豊かなる事日頃に過ぎたり。さればこの猿楽をして遊ぶ事も偏へに武恩の余慶なり。およそ勇士の本意、唯心を不変を以つて為義。さればたとひ身をつだつだにかれ、骨を一々に被砕とも、この刀をば進らすまじく候ふ。早や御かへり候へ」とて、虚空をはたと睨んで立ちたりければ、正成もつてのほか忿いかれる言葉にて、「何ともいへ、遂には取らんものを」と罵つて、本の如く光渡り、海上遥かに飛び去りにけり。見物の貴賎これを見て、只今天へ引き上げられてがるかと、肝魂きもたましひも身に添はねば、子は親を呼び、親は子の手を引いて、四角八方はつぱうへ逃げ去りける間、また今夜の猿楽も、二三番にてめにけり。




盛長(大森盛長)はこれにもまったく従わず、刀の柄を砕けよとばかり強く握って申すには、「さては先度美女に化けて、我を誑かそうとしたのは、御辺たちの所行であったか。御辺が存日([生前])の時より、常に申してきたことであるが、どんな重宝であろうとも、御用と承れば奉ること惜しくはない。ただしこの刀をくれ、将軍(足利尊氏)の世を滅ぼすためと聞けば、参らす訳にはいかぬ。この身取るに足らぬ者とはいえ、盛長が将軍の方に参じ、二なき者と知られて、恩賞を厚く蒙って、一家の繁栄は格別なものぞ。なれば猿楽をして遊ぶこともひとえに武恩のよろこび。勇士の本意は、心を変えず義をなすことぞ。たとえこの身をずたずたに割かれ、骨を一々に砕かれようとも、この刀をば参らす訳には行かぬ。すぐさま帰られよ」と申して、空をじっと睨んで立っていると、正成(楠木正成)はもってのほか怒った口調で、「何と言おうが、最後には取ってやるぞ」と罵って、本の如く光渡り、海上遥かに飛び去りました。見物の貴賎はこれを見て、今にも天に引き上げられるのではないかと、肝魂も身に添わず、子は親を呼び、親は子の手を引いて、四方八方へ逃げ去ったので、今夜の猿楽も、二三番で止むことになりました。


続く


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by santalab | 2015-12-16 07:52 | 太平記 | Comments(0)

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