Santa Lab's Blog


「太平記」六波羅攻の事(その9)

ここに梶井かぢゐの宮の御門徒、上林房じやうりんばう勝行房しようぎやうばうの同宿ども、混甲ひたかぶとにて三百余人、地蔵堂の北の門より、五条の橋爪はしづめへ打つて出でたりける間、坊門ばうもんの少将、殿の法印のつはものども三千余騎、わづかの勢にまくり立てられて、河原かはら三町を追つ越さる。されども山徒さすがに小勢なれば、長追ひしては悪しかりなんとて、また城の中へ引き篭もる。六波羅に立て篭もるところの軍勢雖少と、その数五万騎に余れり。この時もし心ざしを一つにして、同時に懸け出でたらましかば、引き立つたる寄せ手ども、足を溜めじと見へしかども、武家可亡運の極めにやありけん、日来名を顕はせしがうの者といへども不勇、無双ぶさう強弓精兵つよゆみせいびやうと被云者も弓を不引して、ただあきれたる許りにて、ここかしこに群立むらたつて、落ち支度の外は儀勢もなし。




ここに梶井宮(梶井二品親王。第九十三代後伏見天皇の第六皇子、承胤しよういん法親王)の門徒、上林房・勝行房の同宿どもが、直兜([全員が鎧兜で武装していること])姿で三百余人、地蔵堂の北門より、五条の橋詰に打って出たので、坊門少将(坊門雅忠まさただ)、殿法印(良忠りようちゆうの兵ども三千余騎は、わずかの勢にまくり立てられて、河原三町を越えて引き退きました。けれども山徒([比叡山の僧])はさすがに小勢でしたので、長追いしてはよくないと、また城の中へ引き籠もりました。六波羅に立て籠もる幕府方の軍勢は少ないといえども、その数は五万騎に余りました。この時もし心ざしを一つにして、同時に駆け出していたならば、勢い盛んな寄せ手どもも、堪えることはできまいと思えましたが、武家亡運の極めか、日頃名に聞く剛の者といえども駆け出さず、無双の強弓精兵と呼ばれる者も弓を引かず、ただ驚くばかりでした、あちらこちらに群れて、考えることは落ち支度のことばかりでした。


続く


[PR]
by santalab | 2015-12-19 08:46 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」大森彦七事(その14)      「太平記」大森彦七事(その13) >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
すみません、日本語の起源..
by 春日 at 21:17
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧