Santa Lab's Blog


「太平記」大森彦七事(その15)

加様かやうの化け物は、蟇目ひきめの声に恐るなりとて、毎夜番衆ばんしゆを据ゑて宿直とのゐ蟇目を射させければ、虚空にどつと笑ふ声毎度に天を響かしけり。さらば陰陽師おんやうしに門を封ぜさせよとて、ふうを書かせて門々に押せば、目にも見へぬ者来たつて、符を取つて棄てける間、かくてはいかがすべきと思ひわづらひけるところに、彦七が縁者に禅僧のありけるが来たつてまうしけるは、「そもそも今現ずる所の悪霊あくりやうどもは、皆脩羅しゆら眷属けんぞくたり。これをしづめんはかりことを案ずるに、大般若経だいはんにやきやうを読むに不可如。その故は帝釈と、脩羅と須弥しゆみの中央にて合戦を致す時、帝釈軍に勝つては、脩羅小身を現じて藕糸ぐうしあなの裏に隠れ、脩羅また勝つ時は須弥のいただきに座して、手に日月を握り足に大海を蹈む。しかのみならず三十三天さんじふさんてんの上に責め上つて帝釈の居所を追ひ落とし、欲界の衆生しゆじやうを悉く我有わがうに成さんとする時、諸天善神善法堂に集まつて般若を講じ給ふ。この時虚空より輪宝りんはう下だつて剣戟けんげきふらし、脩羅のともがらをつだつだにき切ると見へたり。されば須弥の三十三天をりやうし給ふ帝釈だにも、我が叶はぬところには法威を以つて魔王を降伏がうぶくし給ふぞかし。いはんや薄地はくちの凡夫をや。不借法力難得退治たいぢ」とまうしければ、この義げにも可然とて、にはかに僧衆をしやうじて真読しんどくの大般若を日夜六部までぞ読みたりける。




この類の化け物は、蟇目([響矢])の音に恐れるものよと、毎夜番衆を置いて宿直させ蟇目を射させると、虚空にどっと笑う声が毎度天を響かせました。ならば陰陽師に門を封ぜさせよと、符を書かせて門々に貼り付けると、目にも見えぬ者がやって来て、符を取って棄てたので、ならばどうすべきかと思い悩むところに、彦七(大森盛長もりなが)の縁者に禅僧がいましたが来て申すには、「そもそも今現れておる悪霊どもは、皆修羅(阿修羅)の眷属([家来])である。これを鎮めるには、大般若経を読むのが一番よ。その故は帝釈天と、修羅が須弥山で合戦したが、帝釈天が軍に勝てば、修羅は小身になって藕糸([蓮の茎])の穴の中に隠れ、修羅が勝つ時は須弥山の頂上に座り、手に日月を握り足で大海を踏む。こればかりでなく三十三天([忉利天たうりてん。六欲天の第二の天で、帝釈天が住む])の上に攻め上って帝釈天を居所から追い落とし、欲界の衆生を残らず我が物としようとしたので、諸天善神善は法堂に集まって般若を講じたのだ。この時虚空より輪宝([理想の王とされる転輪王の七宝の一。車輪の形をし,王の外出の際にはその前を進んで障害を打破する])が下って剣戟を降らせ、修羅の輩をずたずたに裂き斬ったと書に見える。しかれば須弥山の三十三天を領する帝釈天でさえも、叶わぬところには法威をもって魔王を降伏したのだ。申すまでもなく薄地(薄智)の凡夫である我らぞ。法力を借りずに退治することはできまい」と申したので、もっともなことだと思われて、急ぎ僧衆を呼んで真読の大般若を日夜六部読ませました。


続く


[PR]
by santalab | 2015-12-19 08:58 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」大森彦七事(その16)      「太平記」大森彦七事(その14) >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
こんにちは。今日はSan..
by 佐藤綾乃 at 18:44
返歌 草枕…に因んで短歌..
by 井上勇 at 23:54
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧