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「太平記」大森彦七事(その16)

まことに依般若講読力脩羅威を失ひけるにや。五月三日の暮れほどに、導師だうし高座かうざの上にて、啓白けいびやくの鐘打ち鳴らしける時より、にはかに天掻き曇りて、雲の上に車をとどろかし馬を馳せ違ふる声無休時。矢先の甲胄かつちうとほす音は雨の降るよりも茂く、剣戟を交ふる光はかかやく星に不異。聞く人見る者推し並べて肝を冷やして恐れ合へり。この闘ひの声みて天も晴れにしかば、盛長が狂乱本復ほんぶくして、正成が魂魄こんぱくかつて夢にも不来成りにけり。さても大般若経だいはんにやきやう真読しんどく功力くりきに依つて、敵軍に威を添へんとせし楠木正成が亡霊静まりにければ、脇屋刑部卿義助よしすけ大館おほたち左馬の助を始めとして、土居・得能に至るまで、あるひは被誅あるひは腹切つて、如無成りにけり。




まことに般若講読の法力により修羅は威を失ったのか。五月三日の暮れほどに、導師が高座の上で、啓白([特に法会などで,その趣旨や願意を申し述べること])の鐘を打ち鳴らすと、にわかに天は掻き曇り、雲の上に車を轟かせ馬が馳せ違う音が絶え間なく聞こえました。矢先が甲胄を射通す音は雨が降るよりも繁く、剣戟を交える光はまるで輝く星のようでした。聞く人見る者は残らず肝を冷やして恐れ合いました。戦いの声が止んで天が晴れると、盛長の狂乱は本復して、正成の魂魄([霊魂])は夢にも出て来なくなりました。それにしても大般若経真読の功力によって、敵軍に威を添えようとした楠木正成の亡霊は静まったので、脇屋刑部卿義助(脇屋義助。新田義貞の弟)、大館左馬助(大舘氏明うぢあき)をはじめとして、土居(土居通増みちます)・得能(得能通綱みちつな)にいたるまで、あるいは誅されあるいは腹を切って、失せました。


続く


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by santalab | 2015-12-19 09:02 | 太平記 | Comments(0)

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