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「太平記」持明院殿御即位事付仙洞事(その1)

貞和ぢやうわ四年十月二十にじふ七日、後伏見ごふしみゐんの御孫御年十六にて御譲おんゆづりを受けさせ給ひて、同じき日内裏にて御元服みげんぶくあり。剣璽けんしを渡されて後、同じき二十八日に、萩原はぎはらの法皇の第一の御子、春宮とうぐうに立たせ給ふ。御歳十三にぞならせ給ひける。卜部うらべ宿禰しくね兼前かねさき軒廊こんらう御占みうらを奉り、国郡を卜定ぼくぢやうあつて、抜穂ぬきぼの使ひを丹波の国へ下さる。その十月に行事所ぎやうじところ始めあつて、すでに斉庁場所さいちやうぢやうしよを作らむとしける時、院の御所に、一つの不思議あり。二三歳ばかりなる童部わらんべかしらを、まだらなる犬がくはへて、院の御所の南殿の大床の上にぞ居たりける。平明へいめい御隔子みかうしまゐらせける御所侍ごしよさぶらひはうきを以つてこれを打たむとするに、この犬孫廂まごびさしの方より御殿の棟木むなぎに上つて、西に向かひ三声みこゑ吠えて掻き消す様に失せにけり。




貞和四年(1348)十月二十七日、後伏見院(第九十三代天皇)の孫が年十六歳で譲位を受けられて、同じ日内裏で元服されました(北朝第三代、崇光天皇)。剣璽([草薙剣と八尺瓊勾玉やさかにのまがたま])を渡されて後、同じ二十八日に、萩原法皇(第九十五代花園院)の第一皇子(直仁なほひと親王。ただし、花園天皇の第一皇子は覚誉かくよ法親王)が、春宮に立たれました。御歳十三になられておりました。卜部宿禰兼前(卜部兼前)が、軒廊の御占([軒廊御卜]=[平安時代以来、朝廷で行われた卜占 。干ばつ・霖雨などの天災、宮中・社寺等における怪異などに際し、内裏紫宸殿の軒廊で 神祇官の亀卜および陰陽寮の式占=式盤を用いる占い。が行われた])を奉り、国郡を卜定([吉凶をうらない定めること])して、抜穂([大嘗祭の時、悠紀ゆき主基すきの斎田の稲の穂を神饌しんせん用に抜き取る神事])の使いを丹波国へ下しました。十月に行事所([古代、大嘗祭 の時に、悠紀 ・主基 の行事を取り行うために臨時に設けた場所])始めがあり、斉庁場所を造ろうとした時、院御所に、不思議な出来事がありました。二三歳ばかりの童部の頭を、斑の犬が咥えて、院御所の南殿の大床の上にいました。平明([明け方])に隔子を開く御所侍([禁中・院の御所・摂家に仕えた身分の低い侍])が、箒木でこれを追い払おうとすると、犬は孫廂より御殿の棟木([屋根の骨組みの頂部に用いられる水平材])に登って、西に向かい三声吠えたかと思うと掻き消すように失せてしまいました。


続く


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by santalab | 2015-12-20 10:45 | 太平記 | Comments(0)

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