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「太平記」主上・上皇御沈落事(その1)

ここに糟谷かすや三郎宗秋むねあき、六波羅殿の前にまゐつてまうしけるは、「御方の御勢次第に落ちて、今は千騎せんぎに足らぬほどに成つて候ふ。この御勢にて大敵を防がん事は叶はじとこそ思へ候へ。東一方いつぱうをば敵いまだ取りまはし候はねば、主上しゆしやう上皇しやうくわうを奉取て、関東くわんとうへ御下りさふらふて後、重ねて大勢を以つて、京都を被責候へかし。佐々木の判官時信ときのぶ、勢多の橋を警固して候ふを被召具ば、御勢も不足候ふまじ。時信御伴仕るほどならば、近江あふみの国に於いては手差す者は候ふまじ。美濃・尾張をはり・三河・遠江とほたふみには御敵ありともうけたまはらねば、路次ろしは定めて無為ぶゐにぞ候はんずらん。鎌倉に御着きさふらひなば、逆徒の退治たいぢくびすを不可回、先づ思し召し立ち候へかし。これほどに浅まなる平城ひらじやうに、主上・上皇を籠めまゐらせて、名将匹夫ひつぷの切つ先に名を失はせ給はん事、口惜くちをしかるべき事に候はずや」と、再三強ひてまうしければ、両六波羅りやうろくはらげにもとや被思けん、「さらば先づ、女院にようゐん・皇后・北政所きたのまんどころを始め進らせて、面々の女性によしやうをさなき人々を、忍びやかに落として後、心しづかに一方を打ち破つて落つべし」と評定ひやうぢやうあつて、小串五郎兵衛ごらうびやうゑじようを以つて、この由ゐんだいへ被申たりければ、国母こくぼ・皇后・女院にようゐん・北の政所・内侍・上童うへわらは上臈じやうらふ女房にようばうたちに至るまで、城中に篭もりたるが恐ろしさに、思はぬ別れの悲しさも、後いかに成り行かんずるやうをも不知。歩跣かちはだしにて我先にと迷ひ出で給ふ。ただ金谷園裡きんこくゑんりの春の花、一朝いつてうの嵐に被誘て、四方しはうの霞に散り行きし、昔の夢に不異。




ここに糟谷三郎宗秋(糟屋宗秋)は、六波羅殿(北条仲時なかとき。鎌倉幕府最後の六波羅探題北方)の御前に参って申すには、「味方の勢は次第に落ちて、今は千騎に足らぬほどです。この勢で大敵を防ぐことは叶わないと思えます。東の方は敵はまだ固めておりません、主上(北朝初代、光厳くわうごん天皇)・上皇(第九十三代後伏見院)をお連れして、関東へ下られて、重ねて大勢をもって、京都に攻められますよう。佐々木判官時信(六角時信=佐々木時信)が、勢多の橋(現滋賀県大津市瀬田)を警固しておりますので共に付ければ、勢の不足はないでしょう。時信がお伴すれば、近江国においては邪魔をする者はおりません。美濃・尾張・三河・遠江には敵がいるとも聞いておりませんので、道中ではきっと何事もないでしょう。鎌倉に着かれて、逆徒の退治に踵を返す([引き返す])前に、まずはお考えになられませ。このまま粗末な平城に、主上(光厳天皇)・上皇(後伏見院)を籠められて、名将匹夫の切っ先に名を失なうことは、無念とは思われませんか」と、再三強いて申せば、両六波羅(北方、北条仲時。南方、北条時益ときます)ももっともなことと思って、「ならばまず、女院(第九十二代伏見天皇女院、洞院季子すゑこ?)・皇后(西園寺鏱子しようし?伏見天皇中宮)・北政所をはじめ、面々の女性幼い子どもたちを、忍びやかに逃した後に、心置きなく一方を打ち破って落ちるべし」と評定があり、小串五郎兵衛尉(小串秀信)をもって、この由を院(後伏見院)・内(光厳天皇)に申し上げると、国母(西園寺寧子やすこ?光厳天皇の生母)・皇后(西園寺鏱子しようし。伏見天皇中宮)・女院(洞院季子)・北政所・内侍・上童([殿上童]=[公卿の子で、元服以前に作法見習いのため殿上の間に昇ることを許されて出仕した少年])・上臈女房([身分の高い女房])たちに至るまで、城中に籠っていることが恐ろしくて、思いもしなかった別れの悲しさも、後にどうなることかさえ思いもしませんでした。車にも乗らず我先にと迷い出ました。ただ金谷園(中国、西晋の高級官吏 ・富豪、石崇せきすうの別荘だったらしい)の春の花が、一朝の嵐に誘われて、四方の霞となって散る、昔の夢に異なりませんでした。


続く


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by santalab | 2015-12-21 07:19 | 太平記 | Comments(0)

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