Santa Lab's Blog


「太平記」主上・上皇御沈落事(その4)

昔漢の高祖かうそと楚の項羽かううと戦ふ事七十しちじふ余度なりしに、項羽遂に高祖に被囲て、夜明けば討ち死にせんとせし時に、漢の兵四面しめんにして皆楚歌するを聞いて、項羽すなは帳中ちやうちゆうに入り、その婦人虞氏ぐしに向かつて、別れを慕ひ悲しみを含んで、みづから歌を作つて云はく、

力抜山兮気蓋世
時不利兮騅不逝
騅不逝兮可奈何
虞兮虞兮奈若何

悲歌慷慨ひかかうがいして、項羽泪を流し給ひしかば、虞氏悲しみに堪へ兼ねて、すなはち自ら剣の上に伏し、項羽に先立つて死にけり。項羽かうう明くる日の戦ひに、二十八騎を伴ひて、漢の軍四十万騎しじふまんぎを懸け破り、みづから漢の将軍三人が首を取つて、被討残たる兵に向かつて、「我つひに漢の高祖かうそが為に被亡ぬる事戦の罪に非ず、天我を亡せり」と、自ら運を計つて遂に烏江をうがうの辺にして自害したりしも、かくやと被思知て泪を落とさぬ武士はなし。




昔漢の高祖(劉邦。前漢の初代皇帝)と楚の項羽が戦うこと七十余度、項羽は遂に高祖に囲まれて、夜が明ければ討ち死にしようとする時、漢の兵が四面より一斉に楚歌を歌うのを聞いて(四面楚歌)、項羽はたちまち帳中に入り、項羽の婦人虞氏に向かい、別れを嘆き悲しんで、自ら歌を作って、

わしの力は山を引き抜き威は世を覆う。
だが今戦いに敗れてすい(項羽の愛馬)は進もうとしない。
騅が進まぬ以上わしになすすべはない。
虞よ虞よもはやわしはお前のこともどうすることもできぬ。
と悲歌慷慨([悲しげに歌い、世を憤り嘆くこと])して、項羽は涙を流したので、虞氏も悲しみに堪えかねて、たちまち自ら剣の上に伏し、項羽に先立ち死にました。項羽は明くる日の戦いに、二十八騎を伴い、漢の軍四十万騎を駆け破り、自ら漢の将軍三人の首を捕って、討ち残った兵に向かって、「わしは遂に漢の高祖(劉邦)のために亡びようとしておるがまったく戦の罪に依らず、天がわしを亡すのだ」と、自ら運を悟り遂に烏江(中国貴州省随一の大河)の辺で自害したのも、このようなものであったと思われて涙を流さぬ武士はいませんでした。


続く


[PR]
by santalab | 2015-12-24 07:31 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」仁木京兆参南方事付大...      「太平記」正行参吉野事(その4) >>

Santa Lab's Blog
by santalab
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
さらに付け加えますと、こ..
by 八島 守 at 09:03
おそらく「国民文庫」だと..
by santalab at 21:09
こんにちは。今日はSan..
by 佐藤綾乃 at 18:44
返歌 草枕…に因んで短歌..
by 井上勇 at 23:54
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧