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「太平記」山名伊豆守落美作城事付菊池軍事(その5)

また筑紫には去んぬる七月しちぐわつの初めに、征西将軍しやうぐんの宮、新田の一族二千余騎、菊池肥後のかみ武光たけみつ三千余騎、博多に打つて出でて香椎かしひに陣を取ると聞こへしかば、勢の付かぬ先に追ひ落とせとて、大伴おほとも刑部ぎやうぶ太輔たいふ七千余騎・太宰の少弐せうに五千余騎・宗像むなかた大宮司八百余騎・紀井きゐの常陸の前司三百余騎、都合二万五千余騎の勢、一手になつて大手へ向かふ。上松浦かみまつら下松浦しもまつらの一党、両勢の兵三千余騎は、飯守いひもり山に打ち上がりて敵の後ろへぞまはりける。寄せ手は目に余るほどの大勢にて、しかも敵を取り巻きたり。




また筑紫では去る七月の初めに、征西将軍の宮(第九十六代後醍醐天皇の皇子、懐良かねよし親王)、新田一族二千余騎、菊池肥後守武光(菊池武光)三千余騎は、博多に打って出て香椎(現福岡県福岡市東区)に陣を取ると聞こえたので、勢が付かぬ先に追い落とせと、大伴刑部太輔(大友氏時うぢとき)七千余騎・太宰少弐(少弐頼尚よりひさ)五千余騎・宗像大宮司八百余騎・紀井常陸前司三百余騎、合わせて二万五千余騎の勢が、一手になって大手([敵を表門または正面から攻める軍隊])に向かいました。上松浦・下松浦の一党、両勢の兵三千余騎は、飯守山(飯盛山。現福岡県福岡市西区)に打ち上敵のがり後詰め([敵の後ろへまわって攻める軍隊])に回りました。寄せ手は目に余るほどの大勢で、しかも敵を取り巻きました。


続く


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by santalab | 2015-12-25 19:19 | 太平記 | Comments(0)

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