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「太平記」山名伊豆守落美作城事付菊池軍事(その7)

松浦党元来大勢なり。城よかりければ、この敵に落とされるべき様はなかりけるを、城中じやうちゆうに敵の内通の者多しと、敵のはかつて告げたりしをまことと心得て、「御方に討たるな、目を配れ」と言ふほどこそありけれ、我先にと落ちける間、寄せ手勝つに乗つて追つ懸け追つ懸けこれを討つ。夜明けたりせば一人も助かるべしとは見えずけり。敵ながら手痛からんずると思ひつる松浦党をば、じやう越前ゑちぜんかみはかりことにて容易く攻め落としぬ。少弐せうに大友おほともを打ち散らさん事は掌を指すよりも容易しとて、菊池、宮の御勢と一手になつて五千余騎、明くる七日むまの刻に香椎かしひの陣へ押し寄する。松浦党昨日搦め手の軍に打ち負けぬと聞きしより、あはれ引かばやと思ふ少弐・大友が勢どもなれば、なじかは一たまりも堪るべき。鞭にあぶみを合はせて我先にと落ちて行く。道も去り得ず脱ぎ捨てたる物の具弓矢に目を懸けずは、一日路いちにちぢ余り追はれつる大手二万余騎は、半ばも生きて本国へ帰るべきとは見えざりけり。




けれど松浦党は大勢でした。城の守りは固く、この敵に落とされることなどありようもなかったことですが、城中に敵に内通の者が多いと、敵が謀って告げ知らせたのを本当のことと思い、「味方に討たれるな、目を配れ」と申す間に、我先にと兵が落ちたので、寄せ手は勝つに乗って追っ駆け追っ駆けこれを討ちました。夜が明けて見れば一人も助かる者はいないように見えました。敵ながら手ごわいと思っていた松浦党([松浦地方を根拠地として北九州沿岸で活動した武士集団])を、城越前守(城武顕)の謀略によって容易く攻め落としました。少弐・大友を打ち散らすことは事は掌を指す([物事がきわめて明白で疑問の余地もないことのたとえ])よりも簡単だと思い、菊池(菊池武光たけみつ)は、宮(第九十六代後醍醐天皇の皇子、懐良かねよし親王)の勢と一手になって五千余騎で、明くる七日午の刻([午前十二時頃])に香椎(現福岡県福岡市東区)の陣へ押し寄せました。松浦党は昨日搦め手の軍に打ち負けたと聞いて、引き退こうと思っていた少弐・大友の勢どもでしたので、どうして一支えも適いましょう。鞭に鐙を合わせて我先にと落ちて行きました。道も去り得ず物の具([武具])を脱ぎ捨て弓矢を捨てて、一日路余り追われて大手二万余騎の、半ばも生きて本国へ帰ることができると思えませんでした。


続く


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by santalab | 2015-12-26 07:16 | 太平記 | Comments(0)

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