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「太平記」秀詮兄弟討死事(その4)

佐々木の判官はうぐわん兄弟は、橋の辺まで落ち延びたりけるが、あがた二郎が、「橋の落ちて候ふぞ、とても叶はぬところなり。かへして討ち死にせさせ給へ。御供申さん」と言ひけるにはぢしめられて、兄弟二騎引つ返して、矢庭やにはに討たれてけり。瓜生うりふ次郎左衛門じらうざゑもん父子兄弟三人も、判官の討ち死にするを見て、一所に打ち寄らんとしけるが、馬の平首ひらくび射られて、跳ね落とされければ、田のくろの上に三人立ち並んで、敵懸からば打ち違へて死なんとしけるが、遠矢とほやに皆射すくめられて、一所にて皆討たれにけり。半時ばかりの軍に、死する京勢きやうぜい二百七十三人、この内敵に討たれて死する兵わづかに五六人には過ぎず。その外二百五十余人は、皆川に流れてぞ失せにける。楠木父祖の仁慧じんけいを継ぎ、情けある者なりければ、あるひは野伏どもに生け捕られて、面縛されたる敵をも斬らず、あるひは川より引き上げられて、甲斐なき命生きたる敵をも禁じ置かず、赤裸あかはだかなる者には小袖を着せ、手負うたる者には薬を与へて、京へぞ返し遣はしける。身の恥は悲しけれども、悦ばぬ者はなかりけり。




佐々木判官兄弟(京極秀詮ひであきら・京極氏詮うぢあきら)は、神崎橋の近くまで逃げ延びましたが、県二郎が、「橋が落とされております、とても渡れません。馬を返して討ち死になさいませ。お供いたします」と言ったので恥と思い、兄弟二騎は引き返して、たちまち討たれました。瓜生次郎左衛門父子兄弟三人も、判官(京極秀詮)が討ち死にするのを見て、一所に寄ろうとしましたが、馬の平首([馬の首の、両側の平らな所])を射られて、跳ね落とされたので、田の畔([水田と水田との間に土を盛り上げてつくった小さな堤])の上に三人が立ち並んで、敵がかかって来たら打ち合って死のうとしましたが、遠矢に皆動けず、一所で皆討たれました。半時(一時間)ほどの戦いで、死んだ京勢(北朝)は二百七十三人、この内敵([国や同じ仲間などの内部に潜み隠れている敵])に討たれて死んだ兵はわずか五六人でした。そのほかの二百五十人余りは、皆川に流されて亡くなりました。楠木(楠木正儀まさのり。楠木正成の三男)は父祖([父と祖父]の仁慧[仁=思いやり。と慧=物事をよく見極め、道理を正しく把握する精神作用])を継ぎ、情けのある者でしたので、
ある者は野伏([武装農民集団])たちに生け捕られて、面縛([両手を後ろ手にして縛り、顔を前に突き出してさらすこと])された敵さえ斬らず、ある者は川より引き上げられて、甲斐ない命を生き永らえた敵を閉じ籠め置かず、赤裸の者には小袖を着せ、傷を負った者には薬を与えて、京に送り返しました。身の恥は悲しいことでしたが、よろこばない者はいませんでした。


続く


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by santalab | 2015-12-26 08:43 | 太平記 | Comments(0)

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