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「太平記」主上・上皇御沈落事(その7)

竜駕りようが遥かに四宮しのみや河原かはらを過ぎさせ給ふところに、「落人おちうどの通るぞ、打ち留めて物の具剥げ」と呼ばはる声前後に聞こへて、矢を射る事雨の降るが如し。かくては行くすゑとてもいかがあるべきとて、東宮を始めまゐらせて供奉の卿相雲客けいしやううんかく方々はうばうへ落ち散り給ひけるほどに、今はわづかに日野大納言資名すけな勧修寺くわんしゆじ中納言経顕つねあき綾小路あやのこうぢ中納言重資しげすけ・禅林寺宰相さいしやう有光ありみつばかりぞ竜駕の前後には被供奉ける。都を一片の暁の雲に阻てて、思ひを万里のあづまの道に傾けさせ給へば、剣閣の遠き昔も被思召合、寿水の乱れたりし世も、かくこそと叡襟を悩まし給ひ、主上しゆしやう上皇しやうくわうも御涙更に堰き敢へず。




竜駕([天子の乗用する車])は遥かに四宮河原(現京都市山科区)を過ぎようとしていましたが、「落人が通るぞ、討ち止めて物の具([武具])を奪え」と叫ぶ声が前後に聞こえて、雨が降る如く矢が射られました。こうなってはとても末はどうなることかと、東宮(北朝初代、光厳くわうごん天皇の弟、豊仁ゆたひと親王)をはじめ供奉の卿相雲客([公卿・殿上人])は、方々へ落ち散りました、今はわずか日野大納言資名(日野資名)・勧修寺中納言経顕(勧修寺経顕)・綾小路中納言重資(綾小路重資)・禅林寺宰相有光(禅林寺有光)ばかりが竜駕の前後に供奉するのみでした。都を一叢の暁の雲に妨げられ、思いを万里の東国の道に傾けて、剣閣(三国時代?)の遠い昔が思い出されて、寿永の乱れた(源平合戦)世も、このようなものではなかったかと叡襟([天子の心])を悩ませ、主上(光厳くわうごん天皇)・上皇(第九十三代後伏見院)は涙が止まりませんでした。


続く


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by santalab | 2015-12-27 08:43 | 太平記 | Comments(0)

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