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「太平記」主上・上皇御沈落事(その9)

去るほどに篠目しののめやうやく明け初めて、朝霧わづかに残れるに、北なる山を見渡せば、野伏どもと思えて、五六百人がほど、楯を突きやじりを支へて待ち懸けたり。これを見て面々度を失つてあきれたり。ここに備前の国の住人ぢゆうにん中吉なかぎりの弥八、行幸の御前おんまへさふらひけるが、敵近く馬を懸け寄せて、「忝くも一天の君、関東くわんとう臨幸りんかう成るところに、何者なれば加様かやう狼籍らうぜきをば仕るぞ。心ある者ならば、弓を伏せ兜を脱いで、可奉通。礼儀を知らぬ奴ばらならば、一々に召し捕つて、首切り懸けて可通」と云ひければ、野伏どもからからと笑うて、「如何なる一天の君にても渡らせ給へ、御運すでに尽きて、落ちさせ給はんずるを、通しまゐらせんとはまうすまじ。容易くとほりたく思し召さば、御伴の武士の馬物の具を皆捨てさせて、御心安く落ちさせ給へ」と云ひも果てず、同音に鬨をどつど作る。中吉の弥八これを聞いて、「にくひ奴ばらが振る舞ひかな。いで欲しがる物の具取らせん」と云ふままに、若党わかたう六騎馬の鼻を双べて懸けたりけるに、慾心熾盛よくしんしじやうの野伏ども、六騎の兵に被懸立て、蛛の子を散らす如く、四角八方へぞ逃げ散りける。




やがて篠目([東雲]=[東の空がわずかに明るくなる頃])はようやく明けて、朝霧がわずかに残る、北の山を見渡せば、野伏どもと思えて、五六百人ほどが、楯を突き弓矢を持って待ち懸けていました。これを見て面々度を失い驚きました。ここに備前国の住人中吉弥八は、行幸の御前にいましたが、敵近く馬を駆け寄せて、「忝くも一天の君が、関東に臨幸になられるところに、いったい何者がこのような狼籍を働くか。心ある者ならば、弓を伏せ兜を脱いで、通されよ。礼儀を知らぬ奴らならば、一々に召し捕って、首を斬り懸けて通るぞ」と言うと、野伏どもはからからと笑って、「いかほどの一天の君であられようと、御運はすでに尽きて、落ちられると申すに、通すとは言えまいぞ。何事なく通りたいのであれば、伴の武士の馬物の具([武具])を皆捨てて、安心して落ちられるがよい」と言いも果てず、声を合わせて鬨を一斉に作りました。中吉弥八はこれを聞いて、「にくいことを申す奴らよ。さあ欲しがっておる物の具を取らせるぞ」と言うままに、若党六騎が馬の鼻を並べて駆けたので、慾心にあおられた野伏どもは、六騎の兵に駆け立てられて、蛛の子を散らすように、四角八方に逃げ散りました。


続く


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by santalab | 2015-12-29 07:03 | 太平記 | Comments(0)

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