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「太平記」頓宮心替事付畠山道誓事(その3)

清氏きようぢさしもの勇士なりしかども、かくては敵はじとや思はれけん、舎弟右馬の助とただ二騎打ち連れて篠峯ささのみね越に忍んで都へ紛れ入る。一夜のほども洛中には隠れ難きと思はれければ、兄弟別々になつて、相摸のかみは東坂本へ打ち越へ、一日馬の足を休めて天王寺てんわうじへ落ちければ、右馬のかみは夜半に京中きやうぢゆうを打ち通り、大渡おほわたりを経て、かねての合図あひづを違はず天王寺へぞ落ち着きける。相摸の守やがて石堂刑部卿の許へ使者を立て、「清氏すでに讒に依る者訴へ、罪なく死罪を行はれんと候ひつる間、身の置き所なき余りに、天恩を戴いて軍門に降参仕つて候ふ。旧好きうかうその故も候へば、ひたすら貴方きはうを頼み申すにて候ふ。ともかくもしかるべき様に御計らひ候へ」とぞ言ひ遣はされける。石堂刑部卿急ぎ使者に対面して、先づとかくの返事に及ばず、「こはそも夢かうつつか」とて、やや久しく涙を袖に押さへらる。やがて参内して事の子細を奏聞せられけるに、左右の大臣相議あひぎしていはく、「敵軍かうべを延べて帝徳にくだる。天恩なんぞこれをめぐまれざらん。早く軍門に慎しみ仕へて、征伐の忠をもつぱらにすべし」と、恩免の綸旨りんしを下されしかば、石堂限りなく悦びて、すなはち細河に対面し給ふ。互ひに言葉なくして涙にむせび給ふ。しばらくあつて、「世の転変今に始めぬ事にて候へども、不慮の参会こそ多年の本意にて候へ」とばかり、色代しきだいしてぞ帰られける。ただ秦の章邯しやうかん趙高てうかうざんを恐れ、楚の項羽かううに降りし時、面を垂れ涙を流して言葉には出でずども、讒者の世を乱る恨みを含みし気色に異ならず。




清氏(細川清氏)は勝れた勇士でしたが、こうなっては敵わないと思ったか、舎の右馬助とただ二騎打ち連れて篠峯越([仰木越]=[現滋賀県大津市と京都市左京区大原を結ぶ峠])で忍んで都に紛れ入りました。一夜のほども洛中には隠れることは叶わぬと思い、兄弟別々になつて、相摸守(細川清氏)は東坂本(現滋賀県大津市)へ打ち越え、一日馬の足を休めて天王寺(現大阪市天王寺区)へ落ちると、右馬頭は夜半に京中を打ち通り、大渡(木津川の渡り)を経て、かねての合図通り天王寺に落ち着きました。相摸守はやがて石堂刑部卿(石塔頼房よりふさ)の許へ使者を立て、「清氏すでに讒言により、罪なく死罪になろうとしておりましたが、身の置き所もなく、天恩を戴いて軍門に降参する次第でございます。旧好の好がございますれば、ひたすら貴方を頼み申すものでございます。ともかくもしかるべき様に計らわれますよう」と伝えました。石堂刑部卿(石塔頼房)は急ぎ使者に対面して、まずは返事にも及ばず、「これはそもそも夢か現か」と申して、ややしばらく涙を袖で押さえていました。やがて参内して事の子細を奏聞すると、左右の大臣が相議して申すには、「敵軍が首を延べて帝徳に降るのだ。天恩なんぞこれに恵みを与えぬことがあろうや。早く軍門に慎しく仕えて、征伐の忠を尽くせ」と、恩免の綸旨を下しました、石堂(石塔頼房)は限りなくよろこんで、すぐに細川(清氏)と対面しました。互いに言葉をなくして涙に咽ぶばかりでした。しばらくあって、「世の転変は今にはじめぬことでございますが、不慮の参会こそ多年の本意でございます」とばかり、色代([挨拶])して帰りました。ただ秦の章邯(秦の将軍)・趙高(秦の宦官、政治家)が、讒言を恐れて、楚の項羽に降った時、顔を伏せ涙を流して言葉にはしませんでしたが、讒者が世を乱す恨みを抱いたのに異なりませんでした。


続く


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by santalab | 2015-12-29 08:21 | 太平記 | Comments(0)

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