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「太平記」頓宮心替事付畠山道誓事(その5)

その濫觴らんしやう何事ぞとたづぬれば、去々年の冬、畠山入道にふだう南方退治たいぢの大将として上洛しやうらくせし時、東八箇国の大名・小名数を尽くしてぞ上りける。この軍勢長途ちやうどに疲れ数月すげつの在陣にくたびれて、馬物の具を売るくらゐになりしかば、こらへかねて、畠山にいとまをも乞はず抜け抜けに大略本国へ下りける。遥かに程経て、畠山関東くわんとうに下向して彼らが一所懸命の所領どもを没収もつしゆして、歎けども耳にも聞き入れず、たまたま披露する奉行あれば、大きに鼻を突かせ追ひ込みける間、訴人そにんいたづらに群集くんじゆして、愁へを不懐言ふ者なし。しばらくは訴詔を経てまはりけるが、あまりに事興盛こうせいしければ、宗との者ども千余人、神水じんずゐを呑んで、所詮畠山入道にふだうを執権に召され仕り、毎事御成敗に随ふまじき由を左馬のかみへぞ訴へ申しける。




その濫觴([物事の起こり])を尋ねれば、去々年の冬、畠山入道(畠山国清くにきよ)が南方(南朝)退治のの大将として上洛した時、東八箇国の大名・小名が数を尽くして京に上りました。軍勢は長途([長旅])に疲れ数月の在陣にくたびれて、馬物の具([武具])を売るほどになって、堪えかねて、畠山(国清)に暇も請わず抜け抜けにほとんど本国へ下ってしまいました。遥かに程経て、畠山(国清)が関東に下向すると彼らの一所懸命([中世、一箇所の領地を命をかけて生活の頼みにすること])の所領を没収して、嘆けども聞き入れませんでした、たまたま訴え申す者あれば、威迫したので、訴人は増えるばかりで、憂えを訴える者はいなくなりました。訴詔状ばかりが出されましたが、あまりにも過ぎた振る舞いでしたので、主な者ども千余人が、神水を呑んで([一味神水]=[中世・近世に、一揆などで誓約を結ぼうとする者が、起請文などを記し、各自署名の上、それを灰にして、神前に供えた水にまぜ、一同回し飲みして団結を誓い合った儀式])、畠山入道(国清)を執権になされてからというもの、御成敗にはとても従うことができないと左馬頭(足利義詮よしあきら。足利尊氏の嫡男)へ訴え申しました。


続く


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by santalab | 2015-12-29 08:34 | 太平記 | Comments(0)

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