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「太平記」主上・上皇御沈落事(その12)

さらでだに山立ち多き鈴鹿山を、飼ひたる馬に白鞍置いて被召たらんは、中々なかなか道の可為讎とて、御むまを皆宿のあるじに賜うて、門主もんじゆは長々と蹴垂れたる長絹ちやうけんの御ころもに、檳榔びんらうの裏なしを被召、経超きやうてう僧都は、あこめ重ねたる黒衣こくえに、水精すゐしやう念珠ねんじゆ手に持つて、歩み兼ねたる有様、如何なる人もこれを見て、すはやこれこそ落人よと、思はぬ者は不可有。されども山王大師さんわうたいしの御加護にや依りけん、道に行き逢ひ奉る山路やまぢきこり野径やけいくさかり、御手を引き御腰を推して、鈴鹿山を越え奉る。さて伊勢の神官しんくわんなる人を、ひらに御頼みあつておはしましけるに、神官しんくわん心あつて身の難に可遇をも不顧、とかく隠し置きまゐらせければ、ここに三十さんじふ余日御忍びあつて、京都少ししづまりしかば還御くわんぎよ成つて、三四年が間は、白毫院びやくがうゐんと云ふ処に、御遁世のていにてぞ御坐ござありける。




そうでなくとも山深い鈴鹿山([鈴鹿峠]=[現滋賀・三重県境にある峠])を、飼い馬に白鞍([鞍の前輪・後輪しづわに銀を張ったもの])を置き乗って通っては、とてもたどり着けまいと、馬を皆宿の主に与えて、門主(梶井二品親王。第九十三代後伏見天皇の第六皇子、承胤しよういん法親王)は長々と裾引くほどの長絹([長絹の直垂ひたたれ])=[織物の名])の衣に、檳榔([檳榔毛]=[檳榔の葉を裂いて糸のようにしたもの])の裏なしを召し、経超僧都は、袙([男子の中着])を重ねた黒衣([僧衣])に、水晶の念珠を手に持って、歩くに難儀する姿は、誰人もこれを見て、これこそ落人よと、思わぬ者はいませんでした。けれども山王大師([山王権現]=[天台宗の鎮守神])の加護によるものか、道で行き逢った山路の木こり、野径([野路])の草刈りが、手を引き腰を押して、鈴鹿山を越えることができました。そこで伊勢の神官であった人を、ひたすら頼りにされましたが、神官もまた心ある人で身の難に遭うのも顧みず、とにかく隠し置いて、ここに三十余日忍ばれて、京都が少し鎮まれば還御されて、三四年の間は、白毫院(現滋賀県大津市にあった延暦寺坂本里坊庭園)という所に、遁世の体でおられました。


続く


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by santalab | 2016-01-01 08:05 | 太平記 | Comments(0)

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