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「太平記」赤坂合戦の事付人見本間抜懸の事(その2)

本間九郎、さればこそこの者に一定いちぢやう明日先懸けせられぬと、心許しなかりければ、まだよひより打ち立つて、ただ一騎東条とうでうを指して向かひけり。石川河原いしかはかはらにて夜を明かすに朝霞の晴れ間より、南の方を見ければ、紺の唐綾威からあやをどしの鎧に白母衣しろほろ懸けて、鹿毛かげなる馬に乗つたる武者一騎、赤坂の城へぞ向かひける。何者やらんと馬打ち寄せてこれを見れば、人見四郎入道なりけり。人見本間を見付けて云ひけるは、「夜部よべのたまひし事をまことと思ひなば、孫ほどの人に被出抜まし」と打ち笑うてぞ、しきりに馬を早めける。本間跡に付いて、「今はかたみに先を争ひまうすに及ばず、一所にてかばねを晒し、冥途までも同道どうだう申さんずるぞよ」と云ひければ、人見、「まうすにや及ばん」と返事して、跡になり先になり物語して打ちけるが、赤坂城の近く成りければ、二人ににんの者ども馬の鼻を並べて懸け上がり、堀のきはまで打ち寄つて、あぶみ踏ん張り弓杖ゆんづゑ突いて、大音声だいおんじやうを上げて名乗りけるは、「武蔵の国の住人ぢゆうにんに、人見四郎入道恩阿おんあ、年積もつて七十三、相摸の国の住人本間九郎資貞すけさだ生年しやうねん三十七、鎌倉を出でしよりいくさの先陣を懸けて、かばねを戦場に晒さん事を存じて相向あひむかへり。我と思はん人々は、出で合ひて手なみのほどを御覧ぜよ」と声々こゑごゑに呼ばはつて城を睨んで控へたり。




本間九郎(本間資貞すけさだ)は、必ずやこの者(人見光行みつゆき)に明日先駆けされると、不安に思い、まだ宵の内に打ち立って、ただ一騎東条を指して向かいました。石川(南河内を流れる川)河原で夜を明かし朝霞の晴れ間より、南の方を見れば、紺の唐綾威の鎧に白母衣([母衣戦場における甲冑着用の際に、縦に縫い合わせた長い布を背中につけたもので])懸けて、鹿毛馬に乗った武者が一騎、赤坂城(現大阪府南河内郡千早赤阪村にあった山城)へ向かっていました。何者かと馬を打ち寄せてこれを見れば、人見四郎入道(光行)でした。人見は本間(資貞)を見付けて申すには、「夜部に申したことを本当と思って、孫ほどの人に抜けがけされたか」と笑いながら、しきりに馬を早めました。本間は後に付いて、「互いに先を争って、一所にて屍を晒し、冥途までも同道申す」と申せば、人見も、「言わずと知れたこと」と返事して、後になり先になり話しながら馬を打ち、赤坂城が近くなれば、二人の者どもは馬の鼻を並べて駆け上がり、堀の際まで打ち寄って、鐙踏ん張り弓杖突いて、大声張り上げて名乗りました、「武蔵国の住人に、人見四郎入道恩阿、年積もつて七十三、相摸国の住人本間九郎資貞、生年三十七、鎌倉を出でしより軍の先陣を駆けて、屍を戦場に晒すためにやって来たぞ。我と思わん人々は、出で合い手なみのほどを見よ」と声々に叫んで城を前にして控えました。


続く


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by santalab | 2016-01-01 10:10 | 太平記 | Comments(0)

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