Santa Lab's Blog


「太平記」赤坂合戦の事付人見本間抜懸の事(その3)

城中じやうちゆうの者どもこれを見て、これぞとよ、坂東武者の風情とは。ただこれ熊谷くまがえ・平山が一の谷の先懸けを伝へ聞いて、うらやましく思へる者どもなり。跡を見るに続く武者もなし。またさまで大名だいみやうとも見へず。溢れ者の不敵武者ふてきむしやをどり合うて、命失うて何かせん。ただ置いて事のやうを見よとて、東西鳴りを静めて返事もせず。人見腹を立て、「早旦さうたんより向かつて名乗れども、城より矢の一つをも射出ださぬは、臆病おくびやうの至りか、敵をあなどるか、いでその義ならば手柄のほどを見せん」とて、馬より飛び下りて、堀の上なる細橋ほそはしさらさらと走り渡り、二人ににんの者ども出しべいの脇に引つ沿うて、木戸を切り落とさんとしける間、城中これに騒いで、土小間つちざまやぐらの上より、雨の降るが如くに射ける矢、二人ににんの者どもが鎧に、蓑毛みのけの如くにぞ立ちたりける。本間も人見も、元より討ち死にせんと思ひ立ちたる事なれば、何かは一足も可引。命を限りに二人ともに一所にて被討けり。これまで付き従ふて最後の十念じふねん勧めつるひじり、二人が首を乞ひ得て、天王寺てんわうじに持ちて帰り、本間が子息源内げんない兵衛資忠すけただに始めよりの有様を語る。資忠父が首を一目見て、一言いちごんをも不出、ただ涙に咽んで居たりけるが、いかが思ひけん、鐙を肩に投げ懸け、馬に鞍置いてただ一人打ち出でんとす。




城中の者どもはこれを見て、これが、坂東武者の心意気というものか。熊谷(熊谷直実なほざね)・平山(平山季重すゑしげ)の一の谷の先駆けを伝え聞いて、うらやましく思っておる者どもであろう。後を見るに続く武者もなし。またそれほどの大名とも思えぬ。溢れ者([ならず者])の不敵武者に向かい合って、命を失うのは愚か者のすること。ただ放って置けばよいと、東西鳴りを静めて返事もしませんでした。人見(人見光行みつゆき)は腹を立て、「早旦より向かって名乗ったというに、城より矢の一つをも射ぬとは、臆病風を吹かせたか、それとも敵を見くびったか、そういうつもりなら手柄のほどを見せてやろう」と申して、馬より飛び下りて、堀の上の細橋をするすると走り渡り、二人の者どもが出し屏の脇に近寄り、木戸([柵や城郭の出入口])を破ろうとしたので、城中は騒いで、土小間・櫓の上より、雨が降る如くに射る矢は、二人の者どもの鎧に、蓑毛のように立ちました。本間(本間資貞すけさだ)も人見(人見光行みつゆき)も、元より討ち死にしようと覚悟の上のことでしたので、一足も引きませんでした。命を限りに二人ともに一所で討たれました。これまで付き従い最後の十念勧めた聖が、二人の首をもらい受けて、天王寺(現大阪市天王寺区にある四天王寺)に持ち帰り、本間(資貞)の子息源内兵衛資忠(本間資忠)に始終を話しました。資忠は父の首を一目見て、一言も言わず、ただ涙に咽んでいましたが、何を思ったか、鐙を肩に投げ懸け、馬に鞍を置いてただ一人で打ち出ようとしました。


続く


[PR]
by santalab | 2016-01-01 10:15 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」赤坂合戦の事付人見本...      「太平記」赤坂合戦の事付人見本... >>

Santa Lab's Blog
by santalab
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
すみません、日本語の起源..
by 春日 at 21:17
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧