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「太平記」赤坂合戦の事付人見本間抜懸の事(その4)

聖怪しみ思うて、鎧の袖を引き留め、「これはそも如何なる事にて候ふぞ。御親父しんぶもこの合戦に先懸けして、ただ名を天下の人に被知とばかり思し召さば、父子ともに打ち連れてこそ向かはせ給ふべけれども、命をば相摸殿に奉り、恩賞おんしやうをば子孫の栄華えいぐわに残さんと思し召しけるゆゑにこそ、人より先に討ち死にをばし給ふらめ。しかるに思ひ籠め給へるところもなく、また敵陣に懸け入つて、父子ともに討ち死にし給ひなば、誰かその跡を継ぎ誰かその恩賞を可蒙。子孫無窮ぶきゆうに栄ゆるを以つて、父祖の孝行をあらはす道とはまうすなり。御悲歎の余りに無是非死を共にせんと思し召すはことわりなれども、暫く止まらせ給へ」と堅く制しければ、資忠すけただ涙を押さへて無力着たる鎧を脱ぎ置きたり。ひじりさては制止にかかはりぬと喜しく思つて、本間が首を小袖につつみ、葬礼の為に、あたりなる野辺へ越えけるその間に、資忠すけただ今は可止人なければ、すなはち打ち出でて、先づ上宮じやうぐう太子の御前おんまへに参り、今生こんじやう栄耀えいえうは、今日けふを限りの命なれば、祈るところに非ず、ただ大悲の弘誓ぐぜいのまことあらば、父にて候ふ者の討ち死に仕りさふらひし戦場せんぢやうの同じこけの下にうづもれて、九品安養くぼんあんやうの同じうてなまるる身と成させ給へと、泣く泣く祈念きねむらして泪と共に立ち出でけり。




聖はこれを怪しんで、鎧の袖を引き止めて、「何をなされようとしておられますや。親父(本間資貞すけさだ)もこの合戦に先駆けして、ただ名を天下の人に知らしめようと思われて、父子ともに打ち連れて向かうべきところを、命を相摸殿(北条高時たかとき。鎌倉幕府第十四代執権)に奉り、恩賞は子孫の栄華に残そうと思われて、人に先立ち討ち死されたのでしょう。心中を察することなく、また敵陣に駆け入って、父子ともに討ち死にすれば、誰がその跡を継ぎ誰がその恩賞を蒙ることができましょう。子孫が無窮([無限])に栄えることこそが、父祖に孝行をなす道と申します。悲歎のあまりに一途に死をともにしようと思われるのも道理でございますが、お止めくだされ」と強く制したので、資忠は涙を押さえて仕方なく着た鎧を脱ぎ置きました。聖は思い止まらせることができたうれしく思って、本間の首を小袖に包み、葬礼のために、近くの野辺を越えるその間に、今は資忠(本間資忠)を止める人もなく、たちまち打ち出て、まず上宮太子(聖徳太子)の御前に参り、今生の栄耀([大いに栄えて、はぶりのよいこと])は、今日を限りの命なれば、祈ることなく、ただ大悲([衆生の苦しみを救う仏・菩薩の大きな慈悲])の弘誓([菩薩が自ら悟りをひらき、あらゆる衆生を救って彼岸に渡そうとする広大な誓願])がまことならば、父が討ち死にされた戦場の同じ苔の下に埋もれて、九品安養([九品安養界]=[九品浄土。極楽浄土])の同じ台([蓮台])に生まれる身となされますようにと、泣く泣く祈念して涙とともに立ち出でました。


続く


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by santalab | 2016-01-01 10:20 | 太平記 | Comments(0)

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