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「太平記」赤坂合戦の事付人見本間抜懸の事(その9)

去るほどに阿曾弾正少弼あそのだんじやうせうひつ、八万余騎の勢を率して、赤坂へ押し寄せ、城の四方しはう二十にじふ余町よちやう、雲霞の如くに取き巻いて、先づ鬨の声をぞ揚げたりける。そのこゑ山を動かし地をふるふに、蒼海さうがいもたちまちに可裂。この城三方さんぱうは岸高うして、屏風びやうぶを立てたるが如し。南の方許りこそ平地につづひて、堀を広く深く掘り切つて、岸のひたひに屏を塗り、その上にやぐらを掻き並べたれば、如何なる大力早態だいりきはやわざなりとも、容易く可責やうぞなき。されども寄せ手大勢なれば、思ひあなどつて楯にはづれ矢面に進んで、堀の中へ走り下りて、切岸きりぎしを上がらんとしけるところを、屏の中より究竟くきやうの射手ども、やじりささへて思うやうに射ける間、軍の度毎に、手負ひ死人五百人六百人、不被射出時はなかりけり。これをも不痛荒手あらてを入れ替へ入れ替へ、十三日までぞ攻めたりける。されども城中少しも不弱見へけり。




やがて阿曾弾正少弼(北条治時はるとき)は、八万余騎の勢を率して、赤坂城(現大阪府南河内郡千早赤阪村にあった山城)へ押し寄せ、城の四方二十余町を、雲霞の如く包囲して、鬨の声を上げました。その声は山を動かし地を揺らし、蒼海もたちまち裂けるほどでした。この城の三方は岸高くして、屏風を立てたようでした。南方だけは平地に続いて、堀を広く深く掘り切って、岸の面には屏を塗り、その上に櫓を並べて、どんな大力早態([早業]=[すばやくて巧みな技芸。すばやい腕前])の者でさえも、容易く攻めることができるとも思えませんでした。けれども寄せ手は大勢でしたので、敵を侮って楯を外れ矢面を進んで、堀の中に走り下り、切岸([切り立った崖])を上ろうとしました、屏の内からは究竟の射手どもが、鏃を向けて思うに任せて矢を射たので、軍の度毎に、手負い死人は五百人六百人、射られぬ者はいませんでした。けれどもこれを物ともせず新手を入れ替え入れ替え、十三日間攻めました。しかし城の中は少しも守りが弱まるようには見えませんでした。


続く


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by santalab | 2016-01-03 11:28 | 太平記 | Comments(0)

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