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「太平記」赤坂合戦の事付人見本間抜懸の事(その11)

この揚水あげみづを被止て後、城中に水とぼしうして、軍勢口中くぢゆうかつ難忍ければ、四五日が程は、草葉に置けるあしたの露を嘗め、夜気やきうるほへる地に身を当てて、雨を待ちけれども雨不降。寄せ手これに利を得、隙なく火矢を射ける間、大手のやぐら二つをば焼き落としぬ。城中のつはもの水を飲まで十二日に成りければ、今は精力尽き果てて、可防方便てだてもなかりけり。死にたる者は再び帰る事なし。いざや、とても死なんずる命を、各々力の未だ墜ちぬ先に打ち出で、敵に指し違へ、思ふやうに討ち死にせんと、城の木戸を開いて、同時に打ち出でんとしけるを、城の本人平野将監しやうげん入道、高櫓より走り下り、袖を控へて云ひけるは、「暫く楚忽そこつの事なし給ふそ。今はこれほどに力尽きのんど乾いて疲れぬれば、思ふ敵に相逢あひあはん事あり難し。名もなき人の中間ちゆうげん下部しもべどもに被虜て、恥を曝さん事可心憂。つらつら事の様を案ずるに、吉野・金剛山こんがうせんの城、未だ相支あひささへて勝負を不決。西国さいこくの乱未だ静まらざるに、今降人かうにんに成つて出でたらん者をば、人に見懲みこらせじとて、討つ事不可有と存ずるなり。とても叶はぬ我らなれば、暫く事をはかつて降人に成り、命をまつたうして時至らん事を可待」と云へば、諸卒皆この義に同じて、その日の討ち死にをば止めてけり。




揚水を止められた後は、城中の水は不足して、軍勢は喉の渇きをがまんできずに、四五日のほどは、草葉に置いた朝露を舐め、夜気にしめる地に寝転んで、雨を待ちましたが雨は降りませんでした。寄せ手はこれに利を得て、隙なく火矢を射たので、大手([城の正面])の櫓二つを焼き落とされました。城中の兵は水を飲めないままに十二日になれば、今は精力も尽き果てて、敵を防ぐ気力も失いました。死んだ者は再び世に帰ることはありませんでした。どうだ、このまま死ぬ命ならば、各々力を失う前に打ち出て、敵に差し違えて、思い思いに討ち死にしようではないかと、城の木戸を開いて、同時に打ち出でようとするところを、城の本人([首領])である平野将監入道(平野重吉しげよし)、高櫓より走り下り、袖を引いて申すには、「しばらく楚忽([軽はずみなこと])なまねはするな。今は力尽き喉が乾いて疲れておる。思う敵と討ち合うこともできぬ。名もない人の中間([武士の最下級])・下部([召使い])どもに捕らわれて、恥を晒してどうする。よくよく考えれば、吉野・金剛山の城は、いまだ敵を防いで勝負は決まらず。西国の乱もまだ鎮まらないうちに、今降人となって城を出る者を、人に目に物見せようと討とうとはしないであろう。とても勝つことなど望めぬ我らならば、ここは謀略をもって降人となり、命を永らえ時が至るのを待つべきぞ」と申せば、諸卒は皆これに賛同して、その日の討ち死にを止めました。


続く


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by santalab | 2016-01-03 11:38 | 太平記 | Comments(0)

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