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「太平記」笠置囚人死罪流刑の事付藤房卿の事(その3)

このきやうをば道にて可奉失と、兼ねて定めし事なれば、近江あふみ柏原かしはばらにて斬り奉るべき由、探使たんし襲来しふらいして出らでければ、道誉だうよ、中納言殿の御前おんまへに参り、「いかなる先世ぜんせ宿習しゆくしふによりてか、おほくの人の中に入道あづかりまゐらせて、今更加様かやうまうし候へば、かつうは情けを不知に相似あひにて候へども、かかる身には無力次第にて候ふ。今までは随分ずゐぶん天下の赦しを待ちて、日数ひかずを過ごしさふらひつれども、関東くわんとうより可失進由、固く被仰候へば、何事も先世のなすところと、思し召し慰ませ給ひ候へ」と申しも敢へず袖を顔に押し当てしかば、中納言殿も不覚のなみだ進みけるを、押しのごはせ給ひて、「まことにその事に候ふ。このあひだの儀をば後世までも難忘こそ候へ。命のきはの事は、万乗の君すでに外土遠嶋ぐわいどゑんたうに御遷幸せんかうの由聞こへ候ふうへは、その以下いげの事どもは、中々不及力。殊更このほどの情けの色、まことに存命すとも難謝こそ候へ」とばかりにて、その後は物をも被仰ず、硯と紙とを取り寄せて、御文細々と遊ばして、「便りに付けて相知あひしれる方へ、遣りて賜はれ」とぞ被仰ける。




この卿(北畠具行ともゆき)を道中で失わせよと、かねてより定められていたことですれば、近江の柏原(現滋賀県米原市)で斬ることになり、探使(使者)がやって来たので、道誉(佐々木道誉)は、中納言殿(具行)の御前に参り、「いかなる先世の宿習によってか、多くの人の中にこの入道(道誉)が預かり参らせて、今更にこのようなことを申すのは、情けを知らぬようなものでございますが、この身にはどうしようもないことでございますれば。今まで随分と天下の赦しを待ちながら、日数を過ごして来られましたが、関東(鎌倉幕府)より失い参らせる由、固く仰せがございますれば、何事も先世のなすところと、思われて心を慰まされますよう」と申しも敢えず袖を顔に押し当てたので、中納言殿(具行)も思わず涙を流れるのを、押し拭い、「まことにその通りでございます。この間の恩は後世までも忘れ難く思います。命の際のことは、万乗の君(第九十六代後醍醐天皇)がすでに外土遠嶋に遷幸になられると聞いておりますれば、以下の者どもについては、力及ばぬこと。殊更に情けを懸けていただき、たとえ命永らえるとも感謝し難く」とばかり申して、その後は何も申さず、硯と紙とを取り寄せて、文を細々と書いて、「何かの序でに縁故の方へ、この文を手渡してほしい」と申しました。


続く


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by santalab | 2016-01-04 07:48 | 太平記 | Comments(0)

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