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「太平記」三浦大多和合戦意見の事(その4)

去るほどに義貞、三浦が先懸けに追つすがふて、十万じふまん余騎を三手に分け、三方さんぱうより推し寄せて、同じく鬨を作りける。恵性ゑしやう鬨の声に驚いて、「馬よ物の具よ」とあわて騒ぐところへ、義貞・義助の兵縦横無尽じゆうわうむじんに懸け立つる。三浦平六これに力を得て、江戸・豊嶋としま・葛西・河越かはごえ、坂東の八平氏、武蔵の七党しちたうを七手になし、蜘手・輪違ひ・十文字じふもんじに、不余とぞ攻めたりける。四郎左近の大夫入道、大勢なりといへども、三浦が一時のはかりごとに被破て、落ち行く勢は散々に、鎌倉を指して引き退く。討たるる者は数を不知。大将左近の大夫入道も、関戸の辺にてすでに討たれぬべく見へけるを、横溝八郎蹈み止つて、近付く敵二十三騎時の間に射落とし、主従三騎討ち死にす。安保あぶの入道道堪父子だうかんふし三人相随あひしたがつはもの百余人、同じ枕に討ち死にす。




やがて義貞(新田義貞)は、三浦(三浦義勝よしかつ)の先駆けに追いつくと、十万余騎を三手に分け、三方より押し寄せて、同時に鬨を作りました。恵性(北条泰家やすいへ)は鬨の声に驚いて、「馬はどこだ物の具([武具])は」とあわて騒ぐところに、義貞・義助(脇屋義助。新田義貞の弟)の兵が縦横無尽に駆け廻りました。三浦平六はこれに力を得て、江戸・豊嶋・葛西・河越、坂東の八平氏、武蔵七党を七手に分けて、蜘手・輪違い・十文字に、余さじと攻めました。四郎左近大夫入道(北条泰家)は、大勢でしたが、三浦(義勝)のこの謀略に陣は破られて、落ち行く勢は散々になって、鎌倉を指して引き退きました。討たれる者は数知れませんでした。大将左近大夫入道(義勝)も、関戸(現東京都多摩市)の辺で討たれると見えましたが、横溝八郎が踏み止まって、近付く敵二十三騎を時の間に射落とし、主従三騎が討ち死にしました。安保入道道堪(安保宗実むねざね)父子三人相従う兵百余人が、同じ枕に討ち死にしました。


続く


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by santalab | 2016-01-05 07:31 | 太平記 | Comments(0)

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