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「太平記」笠置囚人死罪流刑の事付藤房卿の事(その6)

これによつて六波羅の評定ひやうぢやう様々なりけるを、二階堂にかいだう信濃の入道進んでまうしけるは、「かの罪責勿論のうへは、無是非可被誅けれども、与党よたうの人なんどなほたづね沙汰あつて重ねて関東くわんとうへ可被申かとこそ存じ候へ」と申しければ、長井ながゐ右馬の助、「この義もつとも可然候ふ。これほどの大事をば関東くわんとうへ被申てこそ」と申しければ、面々の意見一同せしかば、法印ほふいんをば五条京極きやうごくかがり、加賀の前司にあづけられて禁篭し、重ねて関東へぞ被注進ける。平宰相へいさいしやう成輔なりすけをば、河越かはごえ三河みかはの入道円重ゑんぢゆう具足し奉りて、これも鎌倉へと聞こへしが、鎌倉までも下し着け奉らで相摸の早河尻はやかはじりにて奉失。




これに対する六波羅の評定は様々でしたが、二階堂信濃入道(二階堂行朝ゆきとも)が進んで申すには、「かの(殿法印良忠)罪責は当然のこと、是非なく誅すべきだが、与党の人の尋問の後重ねて関東に申すべきかと」と申したので、長井右馬助(長井挙冬たかふゆも、「もっともな意見です。これほどの大事は関東に申されて決めるべきこと」と申して、面々の意見はまとまりました、法印を五条京極の篝([守護の詰め所。また、そこに詰めた武士])、加賀前司に預けて禁篭し、重ねて関東に注進([事件を記して急ぎ上申すること])しました。平宰相成輔(平成輔)は、河越三河入道円重(河越高重たかしげ)が具足して、これも鎌倉にと聞こえましたが、鎌倉まで下り着くまでに相摸の早川尻(現神奈川県足柄下郡箱根町・小田原市)で斬首されました。


続く


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by santalab | 2016-01-05 08:21 | 太平記 | Comments(0)

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