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「太平記」笠置囚人死罪流刑の事付藤房卿の事(その7)

侍従中納言公明きんあきらきやう別当べつたう実世さねよ二人ににんをば、赦免の由にてありしかども、なほも心許しやなかりけん、波多野はだの上野かうづけかみ宣通のぶみち・佐々木の三郎左衛門さぶらうざゑもんじように被預て、なほも本の宿所へは不帰給。ゐんの大納言師賢もろかたの卿をば下総しもつさの国へ流して、千葉の介に被預。この人志学の年の昔より、和漢の才を殊として、栄辱えいじよくうちに心を止め不給しかば、今遠流をんるの刑に逢へる事、露計りも心に懸け思はれず。盛唐せいたうの詩人杜少陵とせうりようが天宝てんばうの末の乱に逢うて、「路経灩澦えんよ双蓬鬢、天落滄浪一釣舟」と天涯てんがいの恨みを吟じ尽くし、我がわがてうの歌仙小野をのたかむらは隠岐の国へ被流て、「海原わたのはら八十嶋やそしまかけて漕ぎでぬ」と釣りする海士あまに言伝てて、旅泊の思ひを詠ぜらる。これ皆時の難易を知りて可歎を不歎、運の窮達を見て有悲を不悲。いはんや「主憂れふる時んば臣辱はづかしめらる。主辱かしめらるる時んば臣死す」といへり。たとひ骨をししびしほにせられ、身を車ざきにせらるとも、可傷道に非ずとて、少しも不悲給。ただ依時触興に、諷詠ふうえい等閑なほざりに日を渡る。今は憂き世の望み絶えぬれば、有出家志由頻りに被申けるを、相摸入道にふだう子細候はじと被許ければ、年未満強仕、みどりの髪を剃り落とし、桑門人よすてびとと成り給ひしが、無幾程元弘げんこうの乱出で来し始め俄かに病ひに被侵、円寂ゑんじやくし給ひけるとかや。




侍従中納言公明卿(三条公明)・別当実世卿(洞院実世)の二人は、赦免されましたが、なおも気を許すことに不安があったのか、波多野上野介宣通(波多野宣通)・佐々木三郎左衛門尉に預けられて、なほも本の宿所へは帰しませんでした。尹大納言師賢卿(花山院師賢)は下総国へ流されて、千葉介(千葉貞胤さだたね)に預けられました。この人は志学の年([一五歳])の昔より、和漢の才に優れて、栄辱([栄誉と恥辱])には関心がなかったので、遠流の刑となっても、まったく落胆しませんでした。盛唐([唐詩の最盛期])の詩人杜少陵(杜甫)が、天宝の末の乱(安史の乱)の時、「わたしは蓬髪([長く伸びてくしゃくしゃに乱れた髪])のまま、灩澦堆(四川省。そばを激流が通っているらしい)の崖路を経て、滄浪(中国湖北省を流れる漢水の一部の異称らしい)を釣り舟で都から遁れ行く」と天涯([故郷を遠く離れた地])への恨みを吟じ尽くし、我が朝の歌仙小野篁(平安時代前期の公卿・文人)は隠岐国へ流されて、「海原八十嶋かけて漕ぎでぬ」(『わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣舟』。『百人首』)と釣りをする海士に言伝てて、旅泊の悲しみを詠みました。これはすなわち時の難易を知って嘆きを嘆かず、運の窮達を見て悲しみを悲しまずにほかなりませんでした。申すまでもなく「主が憂う時臣は辱めを受ける。主が辱められる時には臣は死ぬ」と言います。たとえ骨を醢([塩漬け])にされ、身を戦車の前に括り付けられるとも、恥ずかしいことではないと、少しも悲しむことはありませんでした。ただ時に触れ興に乗じて、諷詠([詩歌を詠んだり吟じたりすること])しながら日を送りました。今は憂き世の望みさえ絶えて、出家の心ざしをしきりに申したので、相摸入道(佐々木道誉だうよ)も支障あるまいと許すと、年はまだ強仕([四十歳])に満たないほどにして、翠の黒髪を剃り落とし、桑門人([出家して修行する人])となりましたが、ほどなく乱が起こるとにわかに病いに冒され、円寂([僧が死ぬこと])したということです。


続く


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by santalab | 2016-01-05 08:28 | 太平記 | Comments(0)

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