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「太平記」儲王の御事(その1)

螽斯しゆうしくわ行はれて、皇后元妃げんひの外、君恩に誇る官女くわんぢよはなはだ多かりければ、宮々次第に御誕生たんじやうあつて、十六人までぞおはしましける。中にも第一の宮尊良親王そんりやうしんわうは、御子左の大納言為世ためよきやうの娘、贈従三位じゆざんみ為子ためこの御腹にておはせしを、吉田の内大臣定房公さだふさこう養君やうくんにし奉りしかば、志学の歳の始めより、六義りくぎの道に長じさせ給へり。されば富緒河とみのをがはの清き流れを汲み、浅香山あさかやまふるき跡を蹈んで、嘯風弄月せうふうろうげつに御心を傷ましめ給ふ。




螽斯之化([子宝に恵まれ、子孫が栄えること])により、皇后元妃([天子・君主の正妻。皇后])の外、君恩に誇る官女は、たいそう多く、宮々が次々に誕生されて、十六人おられました。中でも第一の宮尊良たかよし親王は、大納言為世卿(二条為世)の娘、贈従三位為子の子でしたが、吉田内大臣定房公(吉田定房)が養君にして、志学の歳(一五歳)より、六義([和歌の六種の風体])の道に優れていました。なれば富緒河(富雄川。奈良県を流れる大和川水系の支流。祝い歌)の清き流れを汲み、浅香山(安積山。現福島県郡山市にある山)の故き(『万葉集』)を温ねて、嘯風弄月([風に吹かれて詩歌を口ずさみ、月を眺めること])に心を寄せました。


続く


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by santalab | 2016-01-05 13:14 | 太平記 | Comments(0)

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