Santa Lab's Blog


「太平記」儲王の御事(その3)

第三の宮は民部卿みんぶきやう三位殿さんみどのの御腹なり。御幼稚えうちの時より、利根聡明におはせしかば、君御くらゐをばこの宮にこそと思し召したりしかども、御治世は大覚寺殿と持明院殿ぢみやうゐんどのと、代はる代はる持たせ給ふべしと、後嵯峨のゐんの御時より被定しかば、今度の春宮をば持明院殿の御方に立てまゐらせらる。天下てんかの事なにとなく、関東の計らひとして、叡慮にも任せられざりしかば、御元服の義を改められ、梨本の門跡に御入室にふしつあつて、承鎮親王じようちんしんわうの御門弟と成らせ給ひて、いつを聞いてじふを悟る御器量きりやう、世にまたたぐひもなかりしかば、一実円頓いちじつゑんどんの花のにほひを、荊渓けいけいの風に薫じ、三諦即是さんたいそくぜの月の光を、玉泉の流れに浸せり。されば消えなんとする法燈ほつとうを挑げ、絶えなんとする恵命ゑみやうを継がんこと、ただこの門主の御時なるべしと、一山いつさんたなごころを合はせて悦び、九院きうゐんかうべかたぶけてあふぎ奉る。




第三の宮(護良もりよし親王)は民部卿三位殿(北畠親子)の子でした。幼い頃より、利根聡明でしたので、君(第九十六代後醍醐天皇)は位をこの宮にと思われておりましたが、治世は大覚寺殿(第九十代亀山天皇の流れ)と持明院殿(第八十九代後深草天皇の流れ)と、代わる代わる保つべしと、後嵯峨院(第八十八代天皇)の御時より定められていましたので、今度の春宮は持明院殿の御方(第九十三代後伏見天皇の第三皇子、量仁かずひと親王。後の北朝初代、光厳くわうごん天皇)が立てられました。天下のことはすべて、関東(鎌倉幕府)の意向により、叡慮に任せられることではありませんでしたので、元服の義を改められ、梨本門跡(梶井門跡三千院。現京都市左京区)に入室されて、承鎮親王(第八十四代順徳天皇の孫)の門弟となられて、一を聞いて十を悟る器量は、世にまた類ありませんでした、一実円頓([ただ一つの真実である理法は、完全で、すみやかに悟りを得させるということ])の花の匂いを、荊渓(荊渓尊者。中国・唐代の天台宗の僧侶)の風に薫じ、三諦即是([空・・中の三諦は本来一体のものであるということ])の月の光を、玉泉(天台大師智顗ちぎ。智顗は現湖北省当陽県の玉泉寺に住した)の流れに投影しました。こうして消えようとしていた法燈を挑げ、絶えようとする恵命を継ぐのは、ただこの門主の御時であると、一山の者どもは手を合わせてよろこび、九院([比叡山にある九つの主要な堂塔。一乗止観院・定心院・総持院・四王院・戒壇院・八部院・山王院・西塔院・浄土院の九つ])は首を傾けて仰ぎました。


続く


[PR]
by santalab | 2016-01-06 12:12 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」龍泉寺軍の事(その1)      「太平記」儲王の御事(その2) >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
こんにちは。今日はSan..
by 佐藤綾乃 at 18:44
返歌 草枕…に因んで短歌..
by 井上勇 at 23:54
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧