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「太平記」龍泉寺軍の事(その1)

竜泉のじやうには和田・楠木ら相謀あひはかつて、初めは大和・河内の兵千余人を篭め置きたりけるが、寄せ手敢へてこれを責めんともせざりける間、かくてはいたづらに勢を置いても何かせん、打ち散らしてこそ野軍にせめとて、竜泉の勢をば皆呼び下して、さしもなき野伏ども百人許り見せ勢に残し置き、ここの木の梢、かしこの弓蔵ゆみかくしはづれに、旗許りを結ひ付け、なほも大勢の篭もりたる体を見せたりける。津々山の寄せ手これを見て、「あなをびたたし。四方しはう手を立てたる如くなる山に、この大勢の篭もりたらんずるをば、いかなる鬼神ともいへ、可責落者に非ず」と口々に云ひ恐れて、責めんと云ふ人は一人もなし。ただ徒らに旗許りを見上げて、百五十ひやくごじふ余日過ぎにけり。




竜泉城(現大阪府富田林市)には和田(和田正武にぎたまさたけ)・楠木(楠木正儀まさのり。楠木正成の三男)らが協力して、はじめは大和・河内の兵千余人を籠め置いていましたが、寄せ手はまったくここを攻めようとしなかったので、ならば無駄に勢を置いておくのはもったいない、勢を分けて野軍しようと、竜泉の勢を皆呼び下して、軍の役に立ちそうもない野伏ども百人ばかりを見せ勢に残し置き、ここの木の梢、かしこの弓隠し([戦陣で、射手の姿を隠すために設けるむしろ張り])の外れに、旗ばかりを結び付け、なおも大勢が籠もっているように見せかけました。津々山(現大阪府富田林市)の寄せ手はこれを見て、「ものすごい数の旗よ。四方屏風を立てたような山に、これほど大勢が籠もっておるのだ、いかなる鬼神であろうと、攻め落とすことはできないであろう」と口々に言い恐れて、攻めようと言う者は一人もいませんでした。ただ徒らに旗ばかり見上げて、百五十余日が過ぎました。


続く


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by santalab | 2016-01-06 18:22 | 太平記 | Comments(0)

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