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「太平記」直義追罰の宣旨御使の事付鴨社鳴動の事(その2)

去るほどに高倉入道左兵衛さひやうゑかみ、石塔・畠山・桃井もものゐ三人を大将として、各々二万余騎の勢を差しへ、同じき九月七日近江あふみの国へ打ち出で、八相山はつさうやまに陣を取る。両陣堅く守つてその戦を不決。その日のひつじの刻に、都には鴨のただすの神殿鳴動する事やや久しくして、流鏑矢かぶらや二筋ふたすぢ天を鳴り響かし、うしとらの方を差して去りぬとぞ奏聞しける。これはいかさま将軍しやうぐん兄弟の合戦に、吉凶を被示怪異けいにてぞあるらんと、諸人推量しけるが、果たして翌日のうまの刻に、佐々木の佐渡の判官入道はうぐわんにふだうが手の者どもに、多賀の将監しやうげんと秋山新蔵人と、楚忽の合戦し出だして、秋山討たれにければ、桃井もものゐ大きに怒つて、重ねて可戦由を申しけれども、自余の大将に異儀あつて、結句越前ゑちぜんの国へ引つ返す。




やがて高倉入道左兵衛督(足利直義ただよし。足利尊氏の弟)は、石塔(石塔頼房よりふさ)・畠山(畠山国清くにきよ)・桃井(桃井直常ただつね)三人を大将として、それぞれ二万余騎の勢を差し添えて、同じ観応元年(1350)九月七日に近江国へ打ち出で、八相山(虎御前山。現滋賀県長浜市)に陣を取りました。両陣守り固く戦を決しませんでした。その日の未の刻([午後二時頃])に、都では鴨社の糾の神殿(現京都市左京区にある下鴨神社)が鳴動することやや久しくして、流鏑矢が二筋天を鳴り響かし、艮([東北])の方を指して去ったと奏聞がありました。これはきっと将軍兄弟の合戦の、吉凶を示される怪異([現実にはありえないような、不思議な事実])に違いないと、諸人は推量しましたが、果たして翌日の午の刻([午前十二時頃])に、佐々木佐渡判官入道(佐々木道誉だうよ)の手の者どもの、多賀将監と秋山新蔵人(秋山光政みつまさ)が、軽はずみな合戦をして、秋山(光政)が討たれたので、桃井(桃井直常ただつね)はたいそう怒って、重ねて戦うべきと申しましたが、自余の大将に異儀があり、結局越前国へ引き返しました。


続く


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by santalab | 2016-01-06 19:49 | 太平記 | Comments(0)

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