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「太平記」直義追罰の宣旨御使の事付鴨社鳴動の事(その3)

その後畠山阿波あは将監しやうげん国清くにきよしきりに、「御兄弟きやうだいただ御仲直なかなをさふらひて、天下の政務を宰相殿に持たせまゐらせられ候へかし」と申しけるを、禅門許容し不給ければ、国清大に怒つて、己が勢七百余騎を引き分けて、将軍へぞまゐりける。この外縁をたづねて降人かうにんになり、五騎十騎打ち連れ打ち連れ、将軍方しやうぐんがたへと参りける間、かくては越前に御坐候はん事は叶はじと、桃井もものゐ頻りに勧め申されければ、十月八日高倉禅門また越前を立つて、北陸道ほくろくだうを打ちとほり、鎌倉へぞ下り給ひける。




その後畠山阿波将監国清(畠山国清)は、しきりに、「ご兄弟ですればただ仲直りなさって、天下の政務を宰相殿(足利義詮よしあきら。足利尊氏の嫡男)に持たせ参らせますよう」と申しましたが、禅門(足利直義ただよし。足利尊氏の弟)は許容しなかったので、国清はたいそう腹を立てて、己の勢七百余騎を連れて、将軍(室町幕府初代将軍、足利尊氏)に参りました。国清の外縁を尋ねて降人となり、五騎十騎が打ち連れ打ち連れ、将軍方に参ったので、こうなっては越前に留まることは叶わないと、桃井(桃井直常ただつね)がしきりに勧め申したので、十月八日に高倉禅門(足利直義)はまた越前を立って、北陸道<を打ち通り、鎌倉に下りました。


続く


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by santalab | 2016-01-06 19:49 | 太平記 | Comments(0)

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