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「太平記」中宮御産御祈之事付俊基偽篭居の事(その3)

かの俊基としもと累葉るゐえふの儒業を継いで、才学さいかく優長成りしかば、顕職けんしよくに召し仕はれて、官蘭台らんたいに至り、職職事しきじを司れり。然る間出仕事繁うして、籌策ちうさくに隙なかりければ、いかにもして暫く篭居して、謀反の計畧をめぐらさんと思ひけるところに、山門横川よかは衆徒しゆと款状くわじやうを捧げて、禁庭に訴ふる事あり。俊基かの奏状をひらいて読みまうされけるが、読み誤りたるていにて、楞厳院れうごんゐん慢厳院まんごんゐんとぞ読みたりける。座中の諸卿しよきやうこれを聞いて目を合はせて、「さうの字をば、篇に付けてもつくりに付けても、もくとこそ読むべかりける」と、たなごころつてぞ笑はれける。俊基おほきに恥ぢたる気色きしよくにて、面を赤めて退出す。それより恥辱に逢ひて、篭居すと披露して、半年計り出仕を止め、山臥やまぶしの形に身をへて、大和・河内かはちに行いて、城郭じやうくわくに成りぬべき処々を見置きて、東国・西国さいこくに下つて、国の風俗、人の分限をぞ窺ひ見られける。




かの俊基(日野俊基)は累葉([代々])の儒業を継いで、才学に優れていたので、顕職([地位の高い官職。要職])に召し仕えて、官は蘭台([弁官の異称])に至り、職は職事([蔵人所の頭と、五位・六位の蔵人の総称])を司っていました。なれば頻繁に出仕して、籌策([計略])の隙もありませんでした、どうにかしてしばらく篭居して、謀反の計略を企てんと思っていましたが、山門(延暦寺)横川の衆徒([僧])が、款状([訴訟の趣を記した嘆願書])を捧げて、禁庭([宮中])に訴える事件がありました。俊基はこの奏状を開き読み上げましたが、読み誤った振りをして、楞厳院(首楞厳院。比叡山横川の中堂)を慢厳院と読みました。座中の諸卿はこれを聞いて目を合わせ、「楞の字を万と読むならば、相の字は、篇に付けても旁に付けても、もく(目)と読むべきだろう」と、手を打って笑いました。俊基はたいそう恥ずかしそうな表情で、赤面して退出しました。それより恥辱により、篭居すると知らせて、半年ばかり出仕を止め、山伏の姿に身を変えて、大和・河内を訪ねて、城郭になりそうな所々を見てから、東国・西国に下り、国の風俗(様子)、人の分限([数])を調べました。


続く


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by santalab | 2016-01-07 08:43 | 太平記 | Comments(0)

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