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「太平記」鎌倉合戦の事(その2)

搦め手の大将にて、下河辺しもかうべへ被向たりし金沢かなざは武蔵のかみ貞将さだまさは、小山をやまの判官・千葉の介に打ち負けて、下道しもみちより鎌倉へ引つ返し給ひければ、思ひの外なる珍事かなと、人皆周章しうしやうしけるところに、結句けつく五月十八日の卯の刻に、村岡・藤沢・片瀬・腰越・十間坂じつけざか五十ごじふ余箇所に火を懸けて、敵三方さんぱうより寄せ懸けたりしかば、武士東西に馳せ違ひ、貴賎山野に逃げ迷ふ。これぞこの霓裳げいしやう一曲の声のうちに、漁陽ぎよやう鼙鼓へいく動地来たり、烽火万里ほうくわばんりいつはりの後に、戎狄じゆうてき旌旗せいき天をかすめて到りけん、しう幽王いうわうの滅亡せし有様、たうの玄宗傾廃せし為体ていたらくも、かくこそはありつらんと、被思知ばかりにて涙も更に不止、浅ましかりし事どもなり。




搦め手([後陣])の大将として、下河辺(現埼玉県北葛飾郡)へ向かった金沢武蔵守貞将(北条貞将)は、小山判官(小山秀朝ひでとも)・千葉介(千葉貞胤さだたね)に打ち負けて、下道より鎌倉へ引き返したので、思いもしなかった珍事と、人々は皆あわて騒ぐところに、遂に五月十八日の卯の刻([午前四時頃])に、村岡(現神奈川県藤沢市)・藤沢・片瀬・腰越(現神奈川県鎌倉市)・十間坂・余箇所に火を懸けて、敵が三方より寄せ寄せたので、武士は東西に馳せ違い、貴賎の者は山野に逃げ迷いました。これぞこの霓裳一曲([霓裳羽衣の曲]=[唐の玄宗が楊玉環のために作ったとされる曲])の声のうちに、漁陽(現河北省薊縣)の鼙鼓([軍隊で用いる大鼓、陣大鼓])のような地震が起こり、(褒姒ほうじのために)偽りの烽火([敵襲などの変事の急報のために、高く上げる煙や火])万里に掲げたために、戎狄([辺境の民族])の旌旗([のぼり])が天を掠め、周(西周)の幽王が滅ぶ有様、唐の玄宗(唐の第九代皇帝)が(楊貴妃を寵愛したことで)傾廃した様も、このようなものではなかったかと、思い知らされれて涙も止まらぬほど、哀れなことでした。


続く


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by santalab | 2016-01-09 08:31 | 太平記 | Comments(0)

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