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「太平記」天下怪異の事(その1)

嘉暦かりやく二年の春の頃南都大乗院だいじようゐん禅師房ぜんじばう六方ろくばう大衆だいしゆと、確執の事あつて合戦に及ぶ。金堂こんだう講堂かうだう南円堂なんゑんだう西金堂さいこんだう、忽ちに兵火ひやうくわの余煙に焼失せうしつす。また元弘げんこう元年、山門東塔さんもんとうだふの北谷より兵火出で来て、四王院しわうゐん延命院えんめいゐん大講堂だいかうだう、法華堂、常行堂じやうぎやうだう、一時に灰燼くわいじんと成りぬ。これらをこそ、天下の災難を兼ねて知らするところの前相ぜんさうかと人皆たましひを冷やしけるに、同じき年の七月三日大地震ぢしんあつて、紀伊の国千里浜せんりばま遠干潟とほひがた、俄かに陸地りくちになる事二十余町なり。また同じき七日のとりの刻に地震あつて、富士の絶頂ぜつちやうくづるる事数百丈すひやくぢやうなりと。




嘉暦二年(1327)の春頃(三月十二日らしい)南都大乗院(現奈良県奈良市の興福寺にあった塔頭の一)禅師房と六方([六方衆]=[興福寺の僧衆])の大衆([僧])との間に、諍いが起こって合戦に及びました。金堂(中金堂)、講堂、南円堂、西金堂が、たちまちにして兵火の余煙に焼失しました。また元弘元年(1331)、山門(比叡山延暦寺)東塔の北谷より兵火が出て、四王院(かつて大講堂の西側にあった子院)、延命院(廃寺)、大講堂、法華堂、常行堂が、一時に灰燼となりました。これらをこそ、天下の災難を兼ねて知らせる前相かと人は皆魂を冷やすところに、同じ年の七月三日に大地震が起こり、紀伊国千里浜(現和歌山県日高郡みなべ町)の遠干潟が、にわかに干上がって二十余町陸地になりました。また同じ七月七日の酉の刻([午後六時頃])に地震があって、富士の絶頂が数百丈崩れたということです。


続く


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by santalab | 2016-01-13 08:36 | 太平記 | Comments(0)

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