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「太平記」主上義詮没落事付佐々木秀綱討死事(その2)

武士には足利宰相さいしやう中将ちゆうじやう義詮よしあきらを大将にて、細河相摸のかみ清氏きようぢ尾張をはりの民部の少輔せう・舎弟左京さきやうの権ごんの大夫・同じき左近の将監しやうげん・今河駿河の守頼貞よりさだ・同じき兵部ひやうぶ大輔たいふ助時すけとき・同じき左近の蔵人くらんど土岐とき大膳だいぜんの大夫頼康よりやす熊谷くまがえ備中の守直鎮なほつね・佐々木・山内やまのうち五郎左衛門ごらうざゑもん信詮のぶあきら、これらを宗との人々として、都合その勢三千余騎、和邇わに堅田かただの浜道に駒を早めてぞ落ちられける。ここに故堀口美濃の守貞満さだみつの子息掃部かもんの助貞祐さだすけが、この四五年堅田に隠れて居たりけるが、その辺の溢れ者どもを語つて、五百余人真野まのの浦に出で合つて、落ち行く敵を打ち止めんとす。真つ先には主上を擁護おうごし奉て、梶井かぢゐ二品にほん親王しんわう御門徒の大衆、済々せいぜいと召し具して落ちさせ給へば、門主にじよを置き奉て弓を引かず、矢を放たず。




武士には足利宰相中将義詮(足利義詮。足利尊氏の嫡男)を大将として、細河相摸守清氏(細川清氏)・尾張民部少輔(斯波氏経しばうぢつね)・舎弟左京権大夫・同じく左近将監(斯波氏頼うぢより)・今河駿河守頼貞(今川頼貞)・同じく兵部大輔助時(今川助時)・同じく左近蔵人・土岐大膳大夫頼康(土岐頼康)・熊谷備中守直鎮(熊谷直鎮)・佐々木(佐々木秀綱ひでつな)・山内五郎左衛門信詮(山内信詮)、これらを宗との人々として、都合その勢三千余騎が、和邇(現滋賀県大津市)・堅田(現滋賀県大津市)の浜道に馬を早めて落ちて行きました。ここに故堀口美濃守貞満(堀口貞満)の子息掃部助貞祐(堀口貞祐)が、この四五年堅田に隠れていましたが、その辺の溢れ者([ならず者])どもを味方に付けて、五百余人で真野浦(現滋賀県大津市)に出て、落ち行く敵を討ち止めようとしました。真つ先には主上(北朝第四代後光厳天皇)を擁護して、梶井二品親王(第九十三代後伏見院の第六皇子、承胤しよういん法親王)門徒の大衆([僧])、済々([多くて盛んな様])と召し具して落ちていかれたので、門主に恕([相手を思いやって許す])を感じて弓を引かず、矢を放ちませんでした。


続く


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by santalab | 2016-01-14 12:33 | 太平記 | Comments(0)

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