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「太平記」笠置軍事付陶山小見山夜討事(その5)

明くれば九月三日の卯の刻に、東西南北の寄せ手、相近付あひちかづいて鬨を作る。その声百千のいかづちの鳴り落つるが如くにして天地も動く許りなり。鬨の声三度揚げて、矢合はせの流鏑かぶらを射懸けたれども、城のうちしづまりかへつて鬨の声をも不合、たうの矢をも射ざりけり。かの笠置かさぎの城とまうすは、山高うして一片の白雲峯をうづみ、谷深うして万仞ばんじんの青岩路をさへぎる。攀折つづらをりなる道をまはつて揚がる事十八町、岩を切つて堀とし石をたたうで屏とせり。さればたとひ防ぎ戦ふ者なくとも、たやすく登る事を得難し。されども城中じやうちゆう鳴りを静めて、人ありとも見へざりければ、敵早や落ちたりと心得て、四方しはうの寄せ手七万五千余騎、堀がけとも不謂、くずのかづらに取り付いて、岩の上を伝うて、一の木戸口の辺、仁王堂にわうだうの前までぞ寄せたりける。




明ければ九月三日の卯の刻([午前六時頃])に、東西南北の寄せ手が、笠置城(現京都府相楽郡笠置町)に近付いて鬨を作りました。その声はまるで百千の雷が鳴り落ちたよう天地も動くほどでした。鬨の声を三度上げて、矢合わせの鏑矢を射懸けましたが、城の中は静まり鬨の声をも合わせず、鏑矢も射ませんでした。この笠置城と申すのは、山は高く一片の白雲が峯を覆い、谷は深くして万仞([非常に高いこと])の青岩が路を遮りました。九十九折りの道を廻って上ること十八町、岩を切って堀に石を重ねて屏としていました。なればたとえ防ぎ戦う者はなくとも、容易く登ることはできませんでした。けれども城中は鳴りを潜めて、人がいるとも思えませんでしたので、敵はすでに落ちたりと心得て、四方の寄せ手七万五千余騎は、堀崖を物ともせず、葛のつるに取り付いて、岩の上を伝い、一の木戸口の辺、仁王堂の前まで寄せました。


続く


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by santalab | 2016-01-16 21:24 | 太平記 | Comments(0)

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