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「太平記」稲村崎成干潟事(その4)

ここに嶋津しまづ四郎とまうししは、大力だいりきの聞こへあつて、まことに器量きりやう事柄人に勝れたりければ、御大事に逢ひぬべき者なりとて、執事長崎入道烏帽子子ゑぼしごにして一人当千と被憑たりければ、詮度の合戦に向けんとて未だ路々の防ぎ場へは不被向、わざと相摸入道にふだうの屋形の辺にぞ被置ける。懸かるところに浜の手破れて、源氏すでに若宮小路わかみやこうぢまで攻め入つたりと騒ぎければ、相摸入道、嶋津を呼び寄せて、みづから酌を取つて酒を勧め三度かたぶけける時、三間の馬屋むまやに被立たりける関東くわんとう無双ぶさうの名馬白浪と云ひけるに、白鞍置いてぞ被引ける。見る人これを不浦山と云ふ事なし。嶋津、門前よりこの馬にひたと打ち乗つて、由井浜ゆゐのはまの浦風に、濃紅こきくれなゐ大笠注おほかさじるしを吹きそらさせ、三物四物みつものよつもの取り付けて、あたりを払うて馳せ向かひければ、数多あまたの軍勢これを見て、まことに一騎当千のつはものなり。この間執事の重恩ぢゆうおんを与へて、傍若無人ばうじやくぶじんの振る舞ひせられたるもことわりかなと思はぬ人はなかりけり。




ここに嶋津四郎(島津時久ときひさ)と申すは、大力の聞こえあって、技量も人に勝れていたので、大事に備えるべき者と、執事長崎入道(長崎円喜ゑんき)の烏帽子子にして一人当千と頼りにして、勝負を決する合戦に向けようとまだ路々の防ぎ場へは向かわせず、相摸入道(北条高時たかとき。鎌倉幕府第十四代執権)の館近くに置いていました。そこへ浜の手が破られて、源氏(新田義貞)はすでに若宮小路まで攻め入ったと騒ぎになったので、相摸入道(高時)は、嶋津(島津時久)を呼び寄せて、自ら酌を取って酒を勧め三度盃を傾ける間に、三間の馬屋に飼っていた関東無双の名馬白浪という馬に、白鞍([銀鞍]=[鞍の前輪・後輪しづわの表面を銀で張り包んだもの])を置いて引いて来ました。見る人これをうらやましく思わない者はいませんでした。島津(時久)は、門前で馬に打ち乗ると、由比ヶ浜(現神奈川県鎌倉市)の浦風に、濃紅の大笠注を吹きなびかせ、三四人従えて、あたりを払って馳せ向かうと、数多くの軍勢はこれを見て、まことに一騎当千の兵よ。このほど執事(円喜)が重恩を与えて、傍若無人の振る舞いをしておるのも当然だと思わぬ人はいませんでした。


続く


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by santalab | 2016-01-17 08:56 | 太平記 | Comments(0)

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