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「太平記」笠置軍事付陶山小見山夜討事(その8)

舎弟の弥五郎やごらうこれを敵に見せじと、矢面に立ち隠して、楯のはづれより進み出でて云ひけるは、「足助あすけ殿の御弓勢ゆんぜい、日来うけたまはさふらひしほどはなかりけり。ここを遊ばし候へ。御矢一筋受けて物の具のさねのほどこころみ候はん」と欺いて、弦走つるばしりをたたいてぞ立ちたりける。足助これを聞いて、「この者の云ひやうは、如何様鎧の下に、腹巻か鎖かを重ねて着たればこそ、さきの矢を見ながらここを射よとは敲くらん。もし鎧の上を射ば、くだやじりれて通らぬ事もこそあれ。兜の真つかうを射たらんに、などか砕けて通らざらん」と思案して、えびらより金磁頭かなじんどうを一つ抜き出だし、鼻油引いて、「さらば一矢仕り候はん。受けて御覧候へ」と云ふままに、しばらく鎧の高紐をはづして、十三束三伏じふさんぞくみつぶせ、前よりもなほ引き絞りて、手応へ高くはたと射る。思ふ矢坪を不違、荒尾弥五郎が兜の真つ向、金物のうへ二寸計り射砕いて、眉間の真ん中を沓巻くつまき責めて、ぐさと射篭うだりければ、二言とも不云、兄弟きやうだい同じ枕にたふれ重なつて死しにけり。




弟の弥五郎(荒尾弥五郎)これを敵に見せまいと、矢面に立ち隠して、楯の外れより進み出て申すには、「足助殿(足助重範しげのり)の弓勢、日来お聞きしているほどではないようです。ここを射られよ。矢一筋受けて物の具([武具])の実([甲冑の材料となる鉄・革の小板])のほどを試してみましょう」と言い放って、弦走([大鎧の胴の正面の 部分])を叩いて立ちました。足助(重範)はこれを聞いて、「この者の口振りでは、きっと鎧の下に、腹巻([鎧の一])か鎖を重ねて着ておるであろう、前の矢を見ながらここを射よと叩くのは。もし鎧の上を射れば、矢は砕け鏃は折れて射通さぬやも知れぬ。兜の真っ向([正面])を射れば、砕けて通らぬことがあろう」と思案して、箙([矢を入れて右腰に付ける道具])より金磁頭を一つ抜き出し、鼻油を引いて、「さらば一矢仕ろう。受けてご覧あれ」と言うままに、しばらく鎧の高紐を外して、十三束三伏の矢を、前よりもなお強く引き絞り、手応えよくぱっと射ました。思う矢坪を違わず、荒尾弥五郎が兜の真っ向を、金物の上二寸ばかり射砕いて、眉間の真ん中を沓巻([矢のの)の先端で、鏃をさし込んだ口もとを固く糸で巻き締めてある部分])を責めて、ぐさりと射籠めたので、二言も言わず、兄弟が同じ枕に倒れ重なって死にました。


続く


by santalab | 2016-01-17 09:10 | 太平記

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