Santa Lab's Blog


「太平記」笠置軍事付陶山小見山夜討事(その9)

これを軍の始めとして、追ふ手搦め手じやうの内、をめき叫んで責め戦ふ。箭叫やさけびの音鬨の声しばしもむ時なければ、大山たいさんくづれて海に入り、坤軸こんぢくれて忽ち地にしづむかとぞ思へし。晩景ばんげいに成りければ、寄せ手いよいよ重なつて持楯もちたてを突き寄せ突き寄せ、木戸口の辺まで攻めたりけるところに、ここに南都の般若寺はんにやじより巻数くわんじゆ持ちて参りたりける使ひ、本性房ほんじやうばうと云ふ大力だいりきの律僧のありけるが、褊衫へんさんの袖を結んで引き違へ、世の常の人の百人しても動かし難き大磐石だいばんじやくを、軽々と脇に挟み、鞠の勢に引つ欠け引つ欠け、二三十続け打ちにぞ投げたりける。数万すまんの寄せ手、楯の板を微塵みぢんに打ち砕かるるのみに非ず、少しもこの石に当たる者、尻居しりゐに被打居ければ、東西の坂に人頽ひとなだれをいて、馬人いやがうへに落ち重なる。さしも深き谷二つ、死人にてこそ埋めたりけれ。されば軍散じて後までも木津河きづがはの流れ血に成つて、紅葉もみぢの陰を行く水のくれなゐ深きに不異。




これを軍のはじめとして、追手([大手]=[敵の正面を攻撃する軍勢])搦め手([城の裏門や敵陣の後ろ側を攻める軍勢])城の内、喚き叫んで攻め戦いました。矢叫び音鬨の声はしばしも休む時もなく、大山も崩れて海に入り、坤軸([大地の中心を貫き支えていると想像される軸])も折れてたちまち地に沈むかとぞ思われるほどでした。晩景([夕刻])になれば、寄せ手はますます折り重なって持楯を突き寄せ突き寄せ、木戸口の辺まで攻めましたが、ここに南都の般若寺(現奈良県奈良市にある寺院)より巻数([僧が願主の依頼で読誦した経文・陀羅尼だらになどの題目・巻数・度数などを記した文書または目録])を持って参った使いで、本性房という大力の律僧がいましたが、褊衫([垂領たりくび)で背が割れた、上半身をおおう法衣。上に袈裟を掛ける])の袖を結んで引き違え、世の常の人が百人をもってしても動かし難い大磐石を、軽々と脇に挟むと、鞠の勢([身を丸く屈める])の勢に投げ懸け、二三十人続けて撥ね飛ばしました。数万の寄せ手は、楯の板を微塵に打ち砕かれるばかりでなく、少しでもこの石に当たる者は、尻餅を付いて打ち飛ばされたので、東西の坂に人雪崩れが起きて、馬人はいやが上にも落ち重なりました。深い谷二つは、死人で埋め尽くされました。こうして軍散じた後までも木津川の流れは血に染まり、紅葉の陰を行く水の濃い紅色に異なりませんでした。


続く


[PR]
by santalab | 2016-01-17 14:12 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」稲村崎成干潟事(その5)      「太平記」笠置軍事付陶山小見山... >>

Santa Lab's Blog
by santalab
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
すみません、日本語の起源..
by 春日 at 21:17
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧