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「太平記」鎌倉兵火の事付長崎父子武勇の事(その3)

懸かるところに、天狗堂てんぐだうあふぎやつに軍ありと思えて、馬煙むまけぶりおびたたしく見へければ、長崎父子左右さいうへ別れて、馳せ向かはんとしけるが、子息勘解由左衛門かげゆざゑもん、これを限りと思ひければ、名残りしげに立ち止まつて、遥かに父の方を見遣りて、両眼より泪を浮かべて、行きも過ぎざりけるを、父きつとこれを見て、高らかに恥ぢしめて、馬を控へて云ひけるは、「何か名残りの可惜る、独り死して独り生き残らんにこそ、再会さいくわいその期も久しからんずれ。我も人も今日の日のうちに討ち死にして、明日はまた冥途にて寄り合はんずる者が、一夜の程の別れ、何かさまでは悲しかるべき」と、高声かうじやうまうしければ、為基ためもと泪を推しのごひ、「さ候はばくして冥途の旅を御急ぎ候へ。死出の山路にては待ちまゐらせ候はん」と云ひ捨てて、大勢の中へ懸け入りける心のうちこそあはれなれ。




そうこうするところに、天狗堂(愛宕社)と扇が谷に軍ありと思えて、馬煙がおびただしく見えたので、長崎父子(長崎思元しげんとその子、長崎為基ためもと)は左右に別れて、馳せ向おうとしましたが、子息勘解由左衛門(為基)は、これを限りと思えば、名残り惜しげに立ち止まって、遥かに父の方を見遣って、両眼より泪を浮かべて、出て行くことができませんでした、父は為基をじっと見て、呆れた様子で、馬を控えて申すには、「どうして名残りを惜しむのじゃ、独り死して独り生き残るのならば、再会の時を長く待たねばならぬが。わしもそなたも今日の日の内に討ち死にして、明日にはまた冥途で寄り合うであろうに、一夜のほどの別れを、どうしてそれほどに悲しまねばならぬ」と、大声で申せば、為基は涙を押し拭い、「ならば速やかに冥途の旅を急がれますよう。死出の山路で待っております」と言い捨てて、大勢の中へ駆け入る心の内は哀れなものでした。


続く


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by santalab | 2016-01-21 07:55 | 太平記 | Comments(0)

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