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「太平記」笠置囚人死罪流刑の事付藤房卿の事(その10)

中納言ほのかにこれを見給ひしより、人不知思ひ初めける心の色、日にひて深くのみ成り行けども、可云知便りもなければ、心に篭めて歎き明かし思ひ暮らして、三年みとせを過ごし給ひけるこそ久しけれ。いかなる人目の紛れにや、露の託言かごとを結ばれけん、一夜の夢のうつつ、定かならぬ枕を交はし給ひにけり。その次の夜の事ぞかし、主上にはかに笠置かさぎへ落ちさせ給ひければ、藤房ふぢふさ衣冠いくわんを脱ぎ、戎衣じゆういに成つて供奉せんとし給ひけるが、この女房このにようばうに廻り逢はん末の契りも難知、一夜の夢の面影も名残りありて、今一度ひとたび見もし見へばやと被思ければ、かの女房の住み給ひける西の対へ行きて見給ふに、時しもこそあれ、今朝中宮の召しあつて北山殿へ参り給ひぬとまうしければ、中納言びんの髪を少し切つて、歌を書きへてぞ被置ける。

黒髪の 乱れん世まで ながらへば これを今際の 形見とも見よ




中納言(万里小路藤房ふぢふさ)はほのかに見てより、人知れず思い初めた心の色は、日に沿って深くなりましたが、告げ知らせる便りもなく、心に秘めて嘆き明かし暮らして、三年もの間過ごしました。どのようにしてか人目に紛れて、わずかに託言([伝言])が通じたのか、一夜の夢幻、現とも思えぬ枕を交わしました。その次の夜のことでした、主上(第九十六代後醍醐天皇)がにわかに笠置(現京都府相楽郡笠置町)へと落ちられました、藤房(万里小路藤房)は衣冠を脱いで、戎衣([戦争に行くときの衣服])になって供しようと思いましたが、この女房に再び廻り逢う末の契りも知り難く、一夜の夢の面影の名残りもあって、もう一度逢いたいと思い、かの女房の住む西の対屋を訪ねてみれば、ちょうど、今朝中宮(西園寺禧子きし)に呼ばれて北山殿(京都北山の衣笠山山麓に西園寺公経きんつねが建てた別荘)に参りましたと申したので、中納言(藤房)は鬢([耳ぎわの髪])の髪を少し切って、歌を書き添えて置いて行きました。

もしそなたの黒髪が白くなるまでわたしのことを忘れないというのなら、これをわたしの今際の形見にしてほしい。


続く


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by santalab | 2016-01-22 08:38 | 太平記 | Comments(0)

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