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「太平記」鎌倉兵火の事付長崎父子武勇の事(その5)

ここにたれとは不知、輪子引両りふごひきりやう笠符かさじるし付けたる武者、五十ごじふ余騎ひしひしと打ち寄つて、勘解由左衛門かげゆざゑもんが首を取らんと、争ひ近付きけるところに、為基ためもとかはと起きて太刀を取りなほし、「何者ぞ、人の軍にしくたびれて、昼寝したるを驚かすは。いで己らが欲しがる首取らせん」と云ふままに、鐔本つばもとまで血に成つたる太刀を打ち振つて、鳴雷なるかみの落ち懸かるやうに、大手おほてをはだけて追ひける間、五十余騎の者ども、逸足いちあしを出だし逃げける間、勘解由左衛門大音を揚げて、「いづくまで逃ぐるぞ。きたなし、返せ」と罵る声の、ただ耳元に聞こへて、日来さしも早しと思ひし馬ども、皆一所にをどる心地して、恐しなんど云ふ許りなし。為基ただ一人懸け入つて裏へ抜け、取つて返しては懸け乱し、今日を限りと闘ひしが、二十一日の合戦に、由比浜ゆゐのはまの大勢を東西南北に懸け散らし、敵・御方の目を驚かし、その後は生死しやうじを不知成りにけり。




ここに誰とも知れず、輪子(立鼓りつこ)引両の笠符を付けた武者、五十余騎がひしひしと打ち寄って、勘解由左衛門(長崎為基。長崎思元しげんの子)の首を取ろうと、先を争って近付くところに、為基ががばと起きて太刀を取り直し、「何者ぞ、人が軍にくたびれて、昼寝しているところを驚かすのは。さあ己らが欲しがる首を取らせてやるぞ」と言うままに、鐔元まで血に染まった太刀を打ち振って、鳴雷([雷])が落ち懸かる様な勢いで、大手(前)をはだけて追いかけたので、五十余騎の者どもは、逸足([駿足])で逃げ出しました。勘解由左衛門(為基)は大音を上げて、「どこまで逃げる気ぞ。卑怯な奴らめ、返せ」と罵る声が、すぐ耳元に聞こえて、日来は早いと思っていた馬も、皆一所に躍り上がる気がして、恐しいというほかありませんでした。為基はただ一人駆け入ると裏へ抜け、取って返しては駆け乱れ、今日を限りと戦いましたが、二十一日の合戦で、由比ヶ浜の大勢を東西南北に駆け散らし、敵・味方の目を驚かし、その後は生死も知れませんでした(長崎為基は生きて、その後出家したらしい)。


続く


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by santalab | 2016-01-23 07:52 | 太平記 | Comments(0)

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