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「太平記」笠置囚人死罪流刑の事付藤房卿の事(その11)

この女房立ちかへり、形見の髪と歌とを見て、読みては泣き、泣きては読み、千度百廻ちたびももたび巻き返せども、心乱れて詮方もなし。懸かる涙に文字消えて、いとど思ひに堪へ兼ねたり。せめてその人のいます所をだに知りたらば、虎伏す野辺くぢらの寄る浦なりとも、あこがれぬべき心地しけれども、その行くすゑいづくとも不聞定、また逢はん世の頼みもいさや知らねば、余りの思ひに堪へ兼ねて、

書き置きし 君が玉章たまづさ 身に添へて 後の世までの 形見とやせん

先の歌に一首書き添へて、形見の髪を袖に入れ、大井川おほゐがはの深き淵に身を投げけるこそあはれなれ。「為君一日恩、誤妾百年身」とも、加様かやうの事をやまうすべき。按察あぜちの大納言公敏きんとしきやう上総かづさの国、東南院とうなんゐん僧正そうじやう聖尋しやうじん下総しもつさの国、峯の僧正そうじやう俊雅しゆんが対馬つしまの国と聞こへしが、にはかにその議を改めて、長門の国へ流され給ふ。第四だいしの宮は但馬の国へ流し奉りて、その国の守護大田おほた判官はんぐわんあづけらる。




女房は帰ると、形見の髪と歌を見て、読んでは泣き、泣いては読み、千度百度巻き返しましたが、心は乱れてどうすることもできませんでした。涙に文字は消えて、いっそう悲しみに堪えかねました。せめてその人がおられる所さえ知るならば、虎が伏す野辺鯨が寄る浦であろうとも、訪ねて行きたいと思いましたが、行く末はどことも定かに聞かず、再び逢う世の頼みもなければ、あまりの思いに堪えかねて、

書き残したあなた(万里小路藤房ふぢふさ)の玉章([文])を携えた、この身を後の世までのあなたへの形見といたしましょう。

先の歌に一首書き添えて、形見の髪を袖に入れ、大井川(桂川上流)の深い淵に身を投げましたが哀れなことでした。「君の一日の恩に、妾は百年の身を過つ」(白楽天)とは、このようなことを申すのでしょう。按察大納言公敏卿(洞院公敏)は上総国、東南院僧正聖尋は下総国、峯僧正俊雅は対馬国と聞こえましたが、にわかにその議を改めて、長門国へ流されました。第四の宮(恒良つねよし親王)は但馬国へ流されて、その国の守護大田判官(結城親光ちかみつ)に預けられました。


続く


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by santalab | 2016-01-23 07:58 | 太平記 | Comments(0)

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