Santa Lab's Blog


「太平記」八歳宮御歌の事(その2)

ややありて、「さては宣明のぶあきら我を具足してまゐらじと思へるゆゑに、加様かやうまうすものなり。白川しらかはの関詠みとたりしは、全く洛陽らくやう渭水ゐすゐの白河には非ず、この関奥州の名所なり。近来このごろ津守国夏つもりくになつが、これを本歌にて詠みたりし歌に、

東路あづまぢの 関迄ゆかぬ 白川も 日数経ぬれば 秋風ぞ吹く

また最勝寺さいしようじの懸かりの桜枯れたりしを、植ゑ替ゆるとて、藤原の雅経朝臣まさつねあつそん
馴れ馴れて 見しは名残りの 春ぞとも など白川の 花の下陰したかげ

これ皆名は同じうして、所は替はれる証歌しようかなり。よしや今は心に篭めて云ひ出ださじ」と、宣明を被恨仰、その後よりは掻き絶え恋しとだに不被仰、よろづ物憂き御気色きしよくにて、中門に立たせ給へる折節をりふし遠寺ゑんじ晩鐘ばんしようかすかに聞こへければ、
つくづくと 思ひ暮らして 入逢いりあひの 鐘を聞くにも 君ぞ恋しき

こころ動于中ことば呈於外、御歌のをさをさしさ哀れに聞こへしかば、その頃京中きやうぢゆうの僧俗男女なんによ、これを畳紙たたうがみあふぎに書き付けて、「これこそ八歳の宮の御歌よ」とて、もてあそばぬ人はなかりけり。




しばらくあって、「さては宣明(中御門宣明)は我を具足して参らせじと思い、そのようなことを申すか。白河の関(現福島県白河市)と詠んだのは、まったく洛陽の渭水([川])の白川ではなく、この日本の関奥国の名所ぞ。近く津守国夏が、これを本歌に取って詠んだ歌に、

東路を関まで行かぬ白川(現岐阜県大野郡白川?)も、日数を経て秋風が吹いております。

また最勝寺(現京都市左京区)の鞠の懸かり([蹴鞠をする庭の四方に植えて、範囲を示す樹木])の桜が枯れたので、植え替える時、藤原雅経朝臣が、
慣れ親しんだこの樹がなくなれば、花を見たことも春の名残りとなるのか。花の下で蹴鞠をして遊んだことも。

これは皆名は同じだが、所は変わる証歌([証拠となる歌])ぞ。ならば心に留めて二度と申さぬ」と、宣明を恨まれて、その後よりはまったく申されず恋しいとさえ申されませんでした。いつも物悲しい表情で、中門に立っておられましたが、遠寺の晩鐘([夕方に鳴らす鐘の音])がかすかに聞こえて、
悲しみに暮れて過ごすほかはないが。入相の鐘([晩鐘])を聞けばよけいに君(第九十六代後醍醐天皇)を恋しく思う。

心の内が言葉に現れて、歌がとても悲しく聞こえて、当時の京中の僧俗男女は、これを畳紙([詩歌の詠草や鼻紙などに使うため,畳んで懐に入れる紙])・扇に書き付けて、「これこそ八歳の宮の歌よ」と、愛でぬ人はいませんでした。


続く


[PR]
by santalab | 2016-01-24 07:46 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」太宰少弐奉聟直冬事      「太平記」大仏貞直並金沢貞将討... >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
返歌 草枕…に因んで短歌..
by 井上勇 at 23:54
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧